東南アジア初のIP専門裁判所である中央知的財産・国際取引裁判所(IP&IT裁判所)が1997年に設立される以前、IP関連の裁判は紛争を管轄している第一審裁判所で行われ、判決に不服がある場合は、民事訴訟法または刑事訴訟法に定められた条件に基づいて、下級裁判所を管轄する控訴裁判所に上訴され、そののち最高裁判所へ更なる訴えを起こすことができた。
その後1997年12月1日のIP&IT裁判所の発足により、上訴手続きが大きく変更した。知的財産及び国際取引裁判所設置法(IP&IT裁判所法)は、知的財産権および国際取引の訴訟はすべてIP&IT裁判所に提起しなければならないと定めている。また、IP&IT裁判所の決定に関する上訴は最高裁判所に提出する必要があった。この合理的な手続きは、特に知的財産権や国際取引に関する事案をタイムリーに決定し、手続き上の遅れを是正しようとしたものだ。
上訴手続きの変更:タイは2015年に再び上訴に関する手続きを大幅に変更した。2015年9月1日に民事訴訟法が改正され、以前の権利ベースのプロセスから新しい権限ベースのプロセスに変更された。数ヶ月後の2015年12月4日、タイ議会は、知的財産権と国際取引事件に関する控訴手続に影響を及ぼす2つの新しい法律を承認した。
- 知的財産及び国際取引裁判所設置法(第2号):IP&IT裁判所法を改訂したもので、知的財産事件における上訴手続の見直しと合理化を含む、以前の慣行に対するいくつかの重要な改訂を行っている。
- 専門事件のための控訴裁判所設置法(専門事案高等裁判所法)
これらの新しい法律の実施による第1の大きな変更は、2016年10月1日から、IP&IT裁判所の判決または命令に関しては、専門事件の控訴裁判所である専門事案高等裁判所に上訴されなければならないこと。第2の大きな変更は、改正IP&IT裁判所法の下での民事訴訟手続きは改正民事訴訟法に基づき、刑事訴訟手続は刑事訴訟法に基づき行われなければならないことだ。これは、民事訴訟法または刑事訴訟法に規定されている条件を満たしていれば、民事訴訟か刑事訴訟かにかかわらず、IP&IT裁判所からさらに上訴できることを意味している。適格な控訴はすべて専門事案高等裁判所に提起されなければならない。
専門事案高等裁判所:専門事案高等裁判所は、控訴裁判所設置法により設立され、権限を与えられ、以下の下級専門裁判所から上訴された訴訟に対して判決を下すことになる。
- 税務裁判所
- 労働裁判所
- 破産裁判所
- 青少年・家庭裁判所
- IP&IT裁判所
専門事案高等裁判所には、管轄権を有する専門裁判所に対応する5つの部門がある。IP&IT部門は、知的財産権侵害や知的財産権のライセンス紛争、商標や特許審判部の裁定など、知的財産権に関するIP&IT裁判所の判決に対して提起される控訴を審理する権限を有している。専門事案高等裁判所は、それぞれの分野における専門知識と経験を有する裁判官で構成されている。それぞれの事件は通常裁判官の多数決によって判決が下されるが、重要な事案や異なる分野に影響を及ぼす可能性のある事案では決定に際し部門会議や部門間会議を開くことがある。専門事案高等裁判所における裁判官の定足数は原則として3名である。
最高裁判所へ上訴:専門事案高等裁判所の判決または命令に対して最高裁判所に上訴することができる。この場合刑事訴訟と民事訴訟とでは異なる手続きとなる。刑事訴訟では、専門訴訟裁判所の判決または命令に異議を唱える当事者の控訴理由が法的な問題のみである場合に最高裁判所に上訴することができる。現実の問題として、下級審で下された量刑によって上訴できるかどうかが分かれる。
民事訴訟では、専門事案高等裁判所の判決または命令によって審理が確定したものとみなされるため上訴には最高裁判所の許可が必要となる。最高裁判所は訴訟において明らかにすべき重要事項が判明した場合には上訴の許可を与える。
改正民事訴訟法第249条は、以下のように「重要事項」を定めている。
- 公益又は公序良俗に関する事項であるとき
- 控訴裁判所が、最高裁判例に矛盾して法律の重要な問題を決定したとき
- 控訴裁判所が、最高裁判例を引用することなく、法律の重要な問題を決定したとき
- 控訴裁判所の判決または命令が、他の裁判所の最終判決または命令と矛盾するとき
- 法解釈を発展させる目的があるとき
- 最高裁判所長官規則に基づくその他の重要な問題があるとき
2015年11月24日、最高裁判所長官は、民事訴訟法第249条(6)に基づくその他の重要事項であることを示す更なる規則を発布した。
- 判決または命令に至る控訴裁判所の議論で実質的な反対意見があるとき
- 控訴裁判所の判決または命令によって、タイ国を拘束する国際協定に反する重大な法的問題があるとき
最高裁に上訴の許可を要請するには、当事者が上訴申立てとともに、控訴裁判所の判決日または判断が読まれた日から1か月以内に、第一審裁判所に裁判手数料を支払うとともに、申請書及び上告状を提出しなければならない。この期限は延長できる。手続を確認した後、第一審裁判所は書類のコピーを相手方に送付する。相手方は異議申立ての権利を有する。同時に、異議申立てを待つことなく、第一審裁判所は、申請書及び上告状を最高裁判所に送付する。
最高裁判所への上訴を許可するかどうかの決定は、事件の当事者へ通知するために第一審裁判所に送られる。請求が認められれば、相手方は15日以内に第一審裁判所に対して異議申立てを提出する権利を有する。この期限も延長できる。上訴の許可が下りたのち、第一審裁判所は最高裁判所に本事件を送致する。
見通し:専門事案高等裁判所によると、専門事案高等裁判所の設立理由は、専門裁判所の控訴制度を一般裁判所の制度と調和させることである。これを踏まえ、専門事案高等裁判所の設立により訴訟の実施に要する期間が短縮されることを期待すべきではない。ただし、少なくとも今後2~3年間は、訴訟件数がまだ少ないため、短期間の判決を期待できるのは事実であろうが…
刑事訴訟制度は2審制から3審制に変更されているが、民事訴訟では最高裁にさらに上訴の可能性があることを認識することが重要である。これにより、IP関連の訴訟が最終的な決着に至るまでにより多くの時間がかかる可能性が高くなった。もちろん、これによってIPオーナーは影響を受けることになる。なぜなら、法的問題を最終的な結論に導くために、より多くの時間と資金を投資する必要があるからだ。
本文は こちら(Thailand Introduces Changes to the Appeal Proceedings for IP-Related Cases)