ベトナムでは悪意による商標出願が珍しくない。悪意の証明に、商標出願・登録の異議申立や取消の根拠として「不誠実」を理由とすることがよくある。一般的に「悪意」とは、意図的に他人(商標権者)のグッドウィルと評判にただ乗りした商標登録を行うことを指す。ベトナムにおける悪意の商標出願問題について注目すべき点を以下に述べる。
悪意の認定基準
悪意の認定基準について関連法令には規定されていない。しかし、悪意の商標出願についての見解は、裁判所の判決例と国家知的所有権庁(NOIP)や科学技術省(MOST)などの監督官庁の決定に示されている。悪意の商標出願の典型例は以下の通りである;
- 出願人が、著名な商標を持つ権利者によるベトナム市場参入を防ぐ目的で、著名商標と同一または類似混同する商標を出願した場合
- 出願人が、商標を使用する意思がなく、著名な商標を持つ権利者に登録した商標を販売、ライセンス供与、譲渡などで利益を得ることを唯一の目的とした商標出願をした場合
- 出願人が、著名商標の評判から利益を得たいと考えた商標出願である場合
INTA(国際商標協会)の会議でベスト・プラクティスとして議論される「悪意の商標」の基準の多くはベトナムで悪意と認められることはない。例えば、商標や関連ドメイン名を大量に保管することや印象的でユニークなロゴやトレードドレスを真似るだけでは、ベトナムでは悪意とはみなされることは少ない。
悪意の商標出願に対抗するための戦略
ベトナムでは、出願人が商標の存在を知っていて商標を出願したことを示すことは、悪意の証明に非常に重要である。しかし、実際には、出願人が先願商標に関する知識を否定し続けた場合や悪意の出願商標が先願商標と類似混同するが同一ではないような場合、悪意を証明することはとても難しい。そのため、最善の策は悪意の出願人に事前知識があったことを示す疑いようのない証拠を集めることが重要で、両当事者間で締結された契約書や領収書などのように、出願人と権利者の間にビジネス上の関係や協力の過去があったことを証明する書類があるとよい。
権利者は、事前の知識を証拠とすることに加えて、出願人の悪意を強調するため、出願人に商標の使用意思がないことに焦点を当てることもできる。言い換えれば、権利者は、出願人が特定の商品・サービスに対して商標保護を要求しているものの、実際には、あるいは長期的なビジネス戦略的に考えて、出願人がそのような商品・サービスを製造または取引を行わないことを証明することも可能だ。これは、出願人が商標を登録することで、権利者の事業活動を混乱させるだけでなく、権利者が商標権を取得できないようにして、権利者に商標を販売、ライセンス供与、その他の方法で譲渡するためであったということを証明するのに役立つ。
具体的に、出願人が商標を使用する意思がないことを示す証拠は;
- 出願人には、商標を使用する(できる)ための書類や他の客観的証拠がない
- 出願人は、商標を付する商品・サービスの製造や取引に必要な能力と経験が不足している
- 商標ライセンスではない
- 使用のための具体的な行動に欠けている、具体的な計画を立てていない
- 出願人の過去の商標出願パターンが、使用されない標章のものであった
当該出願人が他人の著名商標を出願した過去があるかどうか、権利者は当該出願人の出願商標を複数ウォッチング(調査)して、検討することもできる。
権利保有者へのヒント
商標所有者は、悪意のある商標出願を妨げるための措置を次のように講じることができる。
商標を出願する:ベトナムは先願主義を採用しているため、商標登録を申請した最初の人に独占的な商標権が与えられる。したがって、できるだけ早い商標出願が、悪意の商標の拡大を防ぐことになる。商標登録の費用は、異議申立費用や悪意を根拠とした取消費用よりもはるかに安い。
産業財産公報を監視する:実体審査後、出願商標はNOIPが発行する毎月の産業財産公報に掲載される。そのため産業財産公報を注意深く監視することは、悪意の出願商標を検出するのに役立つ。権利者は、その商標が登録される前に異議申立てをすることができるが、商標がいったん登録されると、悪意を理由に商標の取消を申立てること以外に選択肢はなくなる。実際の取消請求は、異議申立てよりもはるかに高額で時間もかかるもので、成功の可能性も高くない。