2021-03-01

中国における音商標登録のハードルの高さ~中日両国の音商標の比較研究~ - Linda Liu Group

 商標は、異なる自然人、法人又はその他の組織の商品又は役務を区別するために使用される標章である。当初、商標の類型は、文字、図形、アルファベット、数字などの要素、又はこれらの要素の組合せによって構成されるものに限定された。これらの伝統的商標は、時代の発展と技術の進歩とともに、商標の使用と表現形式が絶えず変化して、立体商標、色彩のみからなる商標、音商標、香りの商標、触覚の商標などの非伝統的商標が出現した。しかし、非伝統的商標は主流ではないため、多くの人にあまり知られていない。本文では、非伝統的商標である音商標を紹介し、中日両国の音商標の出願・登録状況を比較することで、中国における音商標登録のハードルの高さを分析するものである。

1. 音商標登録制度の導入
 中国では、2014年5月1日より施行された改正『商標法』第8条において、商標の構成要素の「視認性」が削除され、新たな非伝統的商標である音商標が追加された。それと同時に、2014年には『中華人民共和国商標法実施条例』も改正が行われ、第13条5項に音商標の登録出願の方式審査基準が追加された。さらに、2014年に『商標審査及び審理基準』上編である『商標審査基準』の第6部分にも音商標の方式審査と実体審査の基準が追加された。

2. 音商標の登録率
 中日両国の商標公式サイトに公開された不完全データによると、中国では、2014年5月1日から2020年末までに計797件の音商標が登録出願され、うち登録されたのはわずか38件(初歩査定中1件)であり、登録率は約5%に過ぎなかった。一方、日本では、2015年から2020年末までに計683件の音商標が登録出願され、うち317件が登録され、登録率は46%に達している。このことから、日本の音商標の登録率が中国より遥かに高いことが分かる。

3. 音商標の顕著性の認定
 中国における音商標の登録率の低さについて、さらに分析を進めた結果、中日両国では音商標の登録要件の一つである商標の顕著性の認定について、大きな違いがあることが分かった。具体的には以下のとおりである。
 分類からみると、音商標はおおむね次の3種類に分けられる。(1)例えば、楽曲の一部のように音楽的性質の音声のみで構成されるもの。(2)例えば、自然界の音、人の声や動物の鳴き声のように非音楽的性質の音声のみで構成されるもの。(3)音楽的性質と非音楽的性質を兼有する音声で構成されるもの。
 下図の統計結果からみると、中国では音楽的性質の音商標が一番多く、音商標全体の45%を占めており、非音楽的性質の音商標及び音楽的性質と非音楽的性質を兼有する音商標が占める比率はそれぞれ30%と25%である。日本の場合は、中国と異なり、比率が一番大きいのは音楽的性質と非音楽的性質を兼有する音商標であり、音商標全体の65%に達している。非音楽的性質の音商標及び音楽的性質の音商標はそれぞれ19%と16%を占めている。

 次に、登録された音商標だけを比較した場合も、同様な傾向がある。中国では、音楽的性質の音商標の登録件数が最も多く、登録件数全体の48%を占め、他の2種類の商標はそれぞれ26%である。一方、日本では、音楽的性質と非音楽的性質を兼有する音商標の登録件数が最も多く、登録件数全体の81%を占め、続いて非音楽的性質の音商標の登録件数が17%で、音楽的性質の音商標の登録件数はわずか2%である。

 以上のデータ及び両国の商標登録の実例によれば、中国の音商標の登録率が低いのは、中国の音商標に対する審査基準がより厳しいことと関係があると思われる。
まず、音商標が登録されるには、商標自体が顕著性を有する否かが重要なポイントとなる。そして、登録されなかった商標の状況からも、商標自体が顕著性に欠けると、商標権の取得にとっては、大きな「障害」になることが分かる。

 顕著性に欠ける音商標の具体的な状況について、『商標審査及び審理基準』では、おおまかな説明をして、幾つかの顕著性に欠ける具体的な状況を列挙している。例えば、「簡単で一般的な音調又はメロディ」における「簡単で一般的な」をどのように定義すべきなのかとか、「ありふれた口調で広告用語又は普通のフレーズを直接唱呼する」における「ありふれた口調」、「普通のフレーズ」をどのように定義すればよいのかについて、明確な基準はない。そのため、出願人及び商標代理機構は、登録出願する予定の音商標が顕著性に欠けるか否かを判断する際、あまり参考にならない。
 日本と比べて、中国の関連規定は明らかに厳格である。非音楽的性質の音商標における単に人の声からなる商標を例にすると、中国の場合、人の声に対する要求においては、「ありふれた口調で広告用語又は普通のフレーズを直接唱呼する」のは顕著性に欠ける状況に該当する。
 例えば、広州酷狗計算機科技有限公司は、音商標「hello kugou」の出願を何度も試みた。そのうち、第15438385号商標という純粋に音声からなる商標について、何度も出願を試みたが、登録には至らなかった。しかし、最終的に楽譜を追加することによって、第27133762号商標を含む一連の商標がようやく登録されたが、もはや非音楽的性質の音商標ではなく、音楽的性質と非音楽的性質を兼有する音商標であると言える

 『商標審査及び審理基準』には、「商標局は審査意見書を出して、使用証拠を提出するとともに、商標が使用を通じて顕著性を備えるようになったことについて説明するよう、出願人に要請することができる。」と規定している。しかし、商標が使用を通じて顕著性を備えるようになったことを証明するために、出願人がどれだけの使用証拠を提出すべきなのかを判断するのは困難である。商標網の公開情報から、商標権を取得できなかった音商標の多くは、出願した後に審査意見書を受領したが、審査官の説得に失敗したため、拒絶査定という結果になったことが分かる。
 それについて、音商標は、登録段階において出願人に使用証拠の提出が求められ、文字などの伝統的商標と差別化されることにより、音商標登録のハードルが大幅に引き上げられ、大部分の音商標は直接登録査定されることがほとんどないと言えるという指摘もある。
 その点について、外国出願人にとっても同じである。音商標が自国で知名度を有し、すでに登録されていたとしても、中国では、中国の関連公衆における知名度を考慮しなければならない。そのため、多くの外国出願人の音商標が中国において登録できないことになる。大幸薬品株式会社を例にすると、ラッパのメロディからなる音商標は(下図参照)、日本ではすでに商標権を取得しているが、中国では権利化されていない。

 以上のデータを比較して分析すると、日本と比べて、中国における音商標の登録がより難しいことが分かる。下図から分かるように、2014年に中国で音商標が導入されたばかりの頃、一時的に大量に出願されたが、登録率が低いという状況に鑑み、商標出願人は音商標の登録出願に対して、ますます慎重な姿勢を取るようになっている。

 商標局は現在、『商標審査及び審理基準』に対する新たな改正に取りかかっており、その改正内容には音商標の審査基準が含まれている。今回の改正では、音商標の顕著性などの審査基準の適切な緩和、審査基準に対するより詳細な説明の追加及び実体審査段階での使用証拠の提出に関する規定の改正について、改正される『商標審査及び審理基準』において回答を見つけられることを願っている。
(商標部 中国商標弁理士 孟 麗頴(Sherry MENG))

全文は こちら