商標のウォッチングサービスなどで、あなたの既存の権利を侵害する可能性のある商標出願が特定された場合、もしその出願人や商標の使用を「リスクが低い」と見なして容認することを選べば、「意図的黙認(conscious acquiescence)」を理由に、長期的にあなたの権利が損なわれる可能性があるので、慎重に選択肢を検討することが重要だとNoé Himmelreichが解説する。
商標ウォッチングサービスは、あなたの既存の商標権を侵害する可能性のある新しい商標出願を通知してくれる。たとえば、あなたがすでに商標登録しているブランド名と紛らわしく、同一または類似する商品・サービスに使用されるような後発の商標出願があった場合などだ。第三者によるリスクの高い商標出願には積極的に異議を申立てるべきだが、時間や予算の都合から、「リスクが低い」と判断した出願に対しては、別の戦略を取ることを選ぶかもしれない。たとえば、出願人に書面で通知し、商標の使用中止と出願の取り下げを求めるというような方法だ。
相手から返答がない場合は?
残念ながら、その後の対応を見送ると、将来的にあなた自身の権利を損なうことになりかねない。現在は相手の商標使用が限定的でも、5年や6年の間に使用が大幅に広がっている可能性がある。その段階で侵害に対する法的措置を取ろうとしても、相手側は「あなたがこれまで法的措置を取らずに黙認してきた」と主張し、侵害を申し立てる権利そのものを問われる可能性がある。
EUにおける容認と意図的黙認
EUおよびEU加盟国各国の商標法においては、商標権者は、自らの商標と同一または類似する後発の商標の使用・出願・登録に対して、異議を申し立てる権利を有している。しかし、あなたがその後発の登録商標の使用を、5年間にわたり知りながら容認した場合には、その権利は消滅する可能性がある。
意図的である必要がある「容認」
商標出願の公告を見逃してその登録や使用に気づかなかった場合、それは意図的黙認にはあたらない。
一方で、相手側に異議を伝えた時点、あるいはあなたがその商標の存在を知っていたことを相手側が立証できる場合には、意図的黙認があったと見なされる。たとえば、隣接する店舗で営業している場合や商標で保護された商品・サービスを使って同じ展示会に出展していたような場合だ。
そのような商標の存在を知ったその時点から5年以内に、商標庁での行政手続きや法的な侵害請求を開始しなければならない。
警告書(cease and desist letter)や催告状、債務不履行通知などの書面を送るだけでは、この5年の期間を中断することはできない。なぜなら、法的決定を求めることなく権利主張を続けることは、関係者に法的不確実性を招き、不当であると見なされるからだ。
意図的黙認と権利喪失の結果
後願登録された商標の使用を知りながら5年以上にわたって容認した場合、以下のような結果が生じる;
* 後発商標を取消請求によって商標登録簿から抹消する権利が失われる
* 侵害訴訟において、後発商標の使用を差し止める権利を失う
* 損害賠償請求や侵害物の廃棄請求といった付随的請求も行えなくなる
ただし、そのような権利を失っても、あなたの先行登録そのものが失われるわけではない。そのため、後発商標の権利者があなたの商標の使用に対して法的措置を取ることもできない。このように、互いに権利を持ちながら共存を強いられるという、望ましくない状況に陥る可能性がある。これには、消費者の混乱を招いたり、商標の価値を損なったりするおそれが生じるかもしれない。
但し、これには例外がある。それは、後発商標が悪意をもって登録されたことが立証できる場合で、このようなケースでは、意図的黙認による権利の除斥期間は適用されず、出願人の悪意を理由とした無効事由に基づいて、後発商標の取消しを求めることが可能だ。
「リスクが低い」と思える紛争の対応策
比較的にリスクが低い紛争であっても、すべての商標権侵害に対して何らかの対応を取ることが重要だ。紛争を認識し、警告書を送った場合には、その後の状況を積極的に監視し続けることだ。たとえば、相手との円満な解決が難しい場合は、行政手続きや司法手続きへ移行することを検討する必要がある。
そうすることで、将来的に請求権を失うことを防ぎ、最悪の場合でも後発商標と共存せざるを得ない状況に陥るリスクを回避できる可能性を高められる。
本文は こちら (Conscious acquiescence: The dangers of ignoring trademark infringement)