EUには24の公用語と3つの公用語アルファベットが存在するため、EU内の言語的多様性を考慮すると、商標の混同リスクを評価する際には真の頭痛の種となる。EU一般裁判所によるシュウェップスの「May Tea」商標に関する最近の判決をLouise Péchouxが解説する。
2025年2月25日の判決で、EU一般裁判所は、異なる言語とアルファベットからなる2つの商標の観念的な比較の可能性について判断を示した(joined cases T1066/23 to T1069/23)。
事件の背景
2020年、「May OOO」は、シュウェップス・インターナショナル・リミテッド(Schweppes International Ltd.、以下「シュウェップス」)が商標登録した英語の語句からなるEU商標に対して、ロシア語およびキリル文字による先行商標に基づいて無効請求を申し立てた。問題となった商標はいずれも類似する商品を指定しており、特にどちらも第30類の「茶」を指定している。

「茶」から言語学へ
これらのブランドは、一見するとほとんど共通点がないように見える。しかし、ロシア語と英語の知識があれば、「МАЙСКИЙ ЧАЙ」と「MAY TEA」という用語が同じ意味を持つことに気づくかもしれない。まさにその点を根拠に、「May OOO」は、関連する一般消費者(英語とロシア語の両方を理解するラトビアの消費者)は、これらの商標を直接的に関連付けると主張した(先行商標「МАЙСКИЙ ЧАЙ」はチェコ共和国、ドイツ、フランス、ラトビア、ポーランド、スロバキアで登録されていた)。
この主張は2023年にEUIPO審判部によって認められ、観念的同一性を認定し、混同のおそれがあるとして、シュウェップスの「May Tea」商標を無効と判断した。消費者が両商標の違いを認識すること自体は争われていないものの、EUIPO審判部は特に、「MAY TEA」という係争商標が、EU市場全体におけるすべての消費者向けの商標「МАЙСКИЙ ЧАЙ」のバリエーションとして認識される可能性があると判断した。
裁判所の判決
EU一般裁判所は、商標間の観念的な同一性を認める一方で、判決において、混同のおそれがあることは、関連するすべての要因の相互依存性を意味すると指摘した。これらの要因には、対象となる商品の類似性、標章の独自性、外観的、称呼的、観念的な類似性の程度、先行商標の評判などが含まれる。
残念ながら、「May OOO」の主張を支持する唯一の基準は、指定された商品の類似性と商標の観念的同一性であり、一方、混同のおそれがあるという主張に反する複数の要因が存在する。具体的には:
外観的類似性の欠如(これは、茶を購入する行為が本質的に製品の外観的側面に基づいているため、特に重要な基準だ。ここで特筆すべきは、商標の図形要素が混同のおそれがあるかどうかを総合的に分析する際には考慮されるものの、裁判所によると識別力がないため、標章の比較では除外された);
称呼的類似性の極めて低い、または存在しない点(商標「MAY TEA」の発音は「メイ・ティ」、商標「МАЙСКИЙ ЧАЙ」の発音は「マイ・スキー・チャイ(mai-ski-tchai)」だ);
「tea」と「чай」という用語が茶関連商品を表す際に識別性がないため、混同のおそれがあるかどうかを総合的に評価する際の観念的な同一性が制限される(ただし、「may」と「майский」という要素には通常の識別性があることも認められている);
これらの要因を総合的に考慮した結果、裁判所は混同のおそれがあるとの判断を否定し、EUIPO審判部の決定を取消した。
翻訳された商標における混同のおそれの評価
一般裁判所の判決は、異なる言語で表記された2つの商標間の混同のおそれを評価する方法について整理する良い機会を与えてくれた。
まず、言語の違いというだけでは、観念的な類似性が存在しないと結論づけるには不十分だ。この類似性評価を行う際には、平均的な消費者は遭遇した商標について深く分析したり、詳細な言語的検討を行ったりすることはなく、特に日常的な買い物においてはそうである、という点を考慮しなければならない。したがって、観念的な類似性の評価は、消費者の直感的な認識に基づいて行う必要がある。
本判決において、シュウェップスは、ラトビアの一般消費者にとって、両商標の意味を比較するには二重の知的作業が必要だと主張した。すなわち、「MAY TEA」をラトビア語に翻訳し、さらに「МАЙСКИЙ ЧАЙ」をラトビア語に翻訳する必要があるというのだ。シュウェップスによれば、消費者が単にスーパーマーケットで商品を購入する場面で、そのような分析を行うとは考えにくいとされた。
しかし、裁判所は消費者が以下の点を考慮して即時の観念的に似ているかの評価を行う可能性があると指摘している;
(i) 関連する一般公衆の言語知識
(ii) 関係する言語間の親和性と、商標で使用されている実際の用語
ラトビアの一般消費者は、少なくとも英語とロシア語の基本的な知識を有している(ここで注目すべきは、一般裁判所はラトビア国民がロシア語を「基本的に理解している」とのみ認定している一方で、以前のPlombir事件では、バルト三国におけるロシア語の知識は「周知の事実」と認められていた点だ)。英語の「may」と「tea」、ロシア語の「майский(5月)」と 「чай(茶)」は、それぞれの言語における基本的な語彙に属している。また、「may」という語は、ラトビア語の「maijā(5月に)」と非常に近いことも指摘されている。
裁判所は、これらの単語において、消費者が二重の知的作業や複雑な思考プロセスを経ることなく、商標間に即座に観念的な類似性を感じ取ると結論づけた。さらに、このような直感的な認識が可能となっている理由のひとつは、問題となった商標の文法構造が同一であり、いずれも「形容詞+名詞」という構成であることからだ。
したがって、「観念的一致」とは、単なるブランドの翻訳ではなく、消費者の頭の中で直感的に起こる翻訳であるといえる。たとえば、商標「ROTKÄPPCHEN(ドイツ語:赤ずきん)」と「RED RIDING HOOD(英語:赤ずきん)」の場合には、両者の違いが大きすぎるため、観念的な類似性は認められなかった(事件 T-128/15)。たしかにこれらの用語は同じものを指す翻訳関係にあるが、消費者にとって直感的な認識にはならず、なぜならこれらの語句はドイツ語と英語における基本語彙には属さず、構造も異なっている。
「May Tea」判決では観念的一致が認められたものの、それだけでは当該商標間に混同のおそれがあるとするには不十分だ。実際、一般裁判所にとって観念的一致のみで十分とされることは稀であり、前述のとおり、一般裁判所はあらゆる要素の相互依存性に極めて大きな重要性を置いている。
この考え方は、「BALLON D’OR/GOLDEN BALLS」事件(joined cases C581/13 P and C582/13 P)からも読み取れる。この事件では、欧州連合司法裁判所(CJEU)は、たとえ商標間の類似性の程度が低くても、先行商標の評価(評判・知名度)といった他の関連要素の存在により、混同のおそれが認められることがあると確認した。
また、「May Tea」判決と類似した別の判決では、先行するドイツ語商標「B-WOHNEN」と、出願された英語商標「B.HOME」との間に混同のおそれがあると認定された。この2つの商標は、外観的・称呼的な類似性は低く、観念的な類似性も中程度にとどまる。さらに、両商標の識別力も弱く、関連する消費者の注意力は平均以上とされた(2021年2月10日、事件 T‑821/19、未公表)。
それでも混同のおそれがあると認められたのは、たとえ弱いながらも外観的および称呼的な類似性が観念的類似性に加わって存在していたことが、決め手になったようだ。
「B-WOHNEN/B.HOME」判決と比較すると、今回の事案で混同のおそれが認められなかった理由として、文字体系(アルファベット)の違いが決定的な役割を果たした可能性が高いと考えられる。
なお、キリル文字は2007年のブルガリアのEU加盟以降、EUの公式な文字体系の一つとなっているが、この点から考えても、たとえば中国語の漢字による商標についても、おそらく同様の判断がなされる可能性が高い(もっとも、それが音訳で一定程度の称呼的類似性が生じる場合には、別の評価がなされるかもしれない)。
シュウェップス「May Tea」商標判決からの主な教訓
EU一般裁判所は、「May OOO」の訴えを退けてシュウェップスの主張を認めた。単に先行する商標を他の言語に翻訳したという理由だけで商標を不利に扱うことには、EUIPOよりかなり慎重な姿勢を示した。
この判断は理解しうるものだ。というのも、仮に翻訳だけで保護を認めると、商標の独占範囲が大きく広がってしまい、あらゆる言語での翻訳にまで及ぶ可能性があるからだ。多言語が共存するEUのような地域では、その影響はさらに大きくなりかねず、すべての関連要素を考慮することの重要性、特に外観的印象や日常品の購買行動といった要素の重要性が強調された。
このシュウェップス「May Tea」商標判決はまた、商標実務に携わる専門家にとっても安心材料となるものだろう。というのも、商標の先行調査をすべての翻訳にまで拡張する必要は(少なくとも現時点では)ないという判断が示されたからだ。
もっとも、注意が必要な場合もある。特に、言語間の類似性が明らかである場合や、評判のある先行商標が関係する場合には、より慎重な対応が求められる。