2025年1月24日、欧州連合知的財産庁(EUIPO)第5審判部は、マレーシア企業Agate Integrated Engineering SDN BHDが提起した第32類を指定した文字商標「KINGSMAN」に関するEU商標出願の一部拒絶査定に対する審判請求(事件番号R 1426/2024-5)を棄却した。文字商標「KINGSMAN」の出願は、英国企業のMarv Studios Limitedが第33類を指定して登録した商標「KINGSMAN」を根拠に異議を申し立てていた。審判部は、異議部の判断を全面的に支持し、審判請求を棄却した。
この事件は、アルコール飲料とノンアルコール飲料の類似性を考慮する際に重要だ。審判部は、アルコール飲料のノンアルコール版の取り扱いについて興味深い見解を示した。
背景
マレーシアの出願人は、「KINGSMAN」を第32類のビール各種、モルト飲料及び「その他のノンアルコール飲料」を含む幅広い飲料について商標登録を求めた。それに対してMarv Studios Limitedは、EU商標理事会規則第8条1項(b)(先の商標との同一性又はそれとの類似性及び両商標の対象とされている商品又はサービスの同一性又は類似性を理由とする相対的拒絶理由条項)に基づき異議を申し立てた。異議の根拠は、第33類に登録されている文字商標「KINGSMAN」であり、ジン、ワイン、スピリッツなど各種アルコール飲料を指定した登録商標だ。
商品の類似性
商標は同一であるため、争点は商品の類似性にあった。審判部は商品の性質、目的、使用方法、流通経路および最終消費者を基に類似性を評価した。アルコール飲料のビールやミックスドリンクは、先登録商標の指定商品と少なくとも中程度の類似性が認められた。また特筆すべきは、ノンアルコール版のビールやモルト飲料が先登録商標の指定する第33類のアルコール飲料と消費シーンが重複することから、低程度の類似性が認められたことだ。
指定商品リスト
第33類の指定商品:アルコール飲料(ビールを除く);蒸留酒およびリキュール;ウイスキー;バーボン;ブランデー;ラム;ウォッカ;ジン;テキーラ;ベルモット;シャンパン;ワイン;スパークリングワイン;カヴァ
第32類の指定商品:アルコール飲料のビール、エール、ラガー、スタウト、ポーター;クラフトビール;ダークビール;風味付けされたビール;低アルコールビール;コーンビール;モルトビール;ビールの製造用調製品;シャンディー;ライトビール;ビールベースカクテル;フルーツフレーバービール;モルト飲料;ミネラルウォーター及び炭酸水その他の非アルコール飲料;ノンアルコールのビール、エール、ラガー、スタウト、ポーター;果実飲料及びフルーツジュース;ビール、エール、ラガー、スタウト、ポーターを基にしたアルコール飲料;ビール、エール、ラガー、スタウト、ポーターを含むノンアルコール飲料;シロップ及びその他の飲料製造用調製品
消費者習慣に関するコメント
「その他のノンアルコール飲料」とそのアルコール版の間に類似性があるとされたのは、消費者習慣の変化を反映している。今日の消費者は、スピリッツやカクテルのアルコールフリー版に馴染みがあり、メーカーも両方の飲料を並行して販売することが多い。そのため、従来の「アルコール飲料とノンアルコール飲料は別物」という区分は、数十年前ほど決定的ではなくなっている。多くのアルコールブランドが同一製品のノンアルコール版を提供している現状もその背景にある。
類似性評価ツール(Similarity Tool)に関するコメント
本件で興味深かったのは、EUIPOの類似性評価ツール(EUIPOが類似性の判断指針として用いるソフトウェア)の証拠価値についての議論だ。審判請求人はツールのスクリーンショットを提出したが、審判部は「ツールの結果は参考にはなるが拘束力はない」と判断した。さらに本件では、特殊な事情として、実際のツールの結果と異なる誤解を招くスクリーンショットが提出されたとされ、問題視された。
結論
結論は微妙だ。一般的なオレンジジュースはジンや他のスピリッツと類似していないと判断されるが、オレンジジュースなどを主成分としたノンアルコールのカクテルとしてアルコール飲料の代替品として販売されている場合は、たとえ中身が単なる果汁であってもジンと類似すると判断される可能性がある。飲料業界のブランドオーナーは、この微妙な区別に留意すべきであり、特にノンアルコール領域へのブランド拡張が増加している現状において重要な示唆を含んでいる。