商標法は通常、フォワード・コンフュージョン(順混同)、すなわち、消費者が中小規模の事業者の商品の出所を、大手ブランドに属するか、又はそれと関連するものと誤認する事態を防止するための保護を提供する。しかし、時としてその逆の事態が生じることがある。すなわち、大規模で資金力のある企業が、既に小規模事業者によって使用されている名称で商品を発売し、小規模事業者が有する既存の商標を用いて事業を行っているにもかかわらず、大規模企業(後使用者)が多額の広告投下を行う結果、消費者が先使用者の商品をむしろ大規模企業のブランドと結びつけるようになる。この現象こそがリバース・コンフュージョン(逆混同)の本質である。
多国籍企業や資金力のある国内企業が、中小企業が支配する市場に頻繁に参入するインドにおいては、リバース・コンフュージョンは注意深く検討すべき概念である。それは消費者保護上の問題を提起するだけでなく、公平性、効率性、そして商標の先使用者の権利といったより深い原理をも揺るがす点で重要である。
リバース・コンフュージョン法理の理論的基盤
リバース・コンフュージョン法理は複数の哲学的思想にその根拠付けを求めることができ、その理論的側面を検討することは興味深い。
■ ロック的労働理論および道徳的権利理論
イギリスの哲学者ジョン・ロックが提唱した労働理論(Lockean Rights Theory)は、自らの労働を資源と結びつけた者は、その労働の成果の所有権を得るに値すると提唱している。商標においては、最初の使用者が信用(顧客吸引力)を築いたことに対する評価を受けるべきである。リバース・コンフュージョンは、大規模企業がその信用を実質的に取り込むことを可能にし、これに対する先使用者の正当な権利を侵害する。道徳的権利理論(Moral Rights Theory)も、商標が事業者のアイデンティティを体現する点に着目し、リバース・コンフュージョンが不当であることを強調している。
■ 功利主義理論(Utilitarian Theory)
功利主義的な観点から見ると、商標は消費者の調査費用(サーチコスト)を削減し、健全な競争を促進する。リバース・コンフュージョンは、より大きな参入者(大企業など)が中小企業のブランド・アイデンティティを覆い隠してしまう(飲み込んでしまう)ことができる場合、市場に混乱が生じ、中小企業がイノベーションへの投資意欲を削ぐことによって、商標の目的を歪めてしまう。
■ コースの定理と市場の失敗
経済学者ロナルド・コースが提唱したコースの定理によれば、取引費用が無視できるほど小さい水準に保たれているならば、紛争は当事者間の交渉を通じて解決され得るが、商標紛争では、後の使用者が先使用権者を市場価値で圧倒するような不平等な交渉力、高い訴訟費用、および情報不足といった要因が、当事者間での解決を阻害する。そのため、リバース・コンフュージョンは私的秩序形成(private ordering)の失敗を反映しており、司法の介入を必要とする。
初めて認識されたリバース・コンフュージョン法理
リバース・コンフュージョン法理は、米国の Big O Tire Dealers, Inc. 対 Goodyear Tire & Rubber Co. 事件で初めて認識された。この事件では、Goodyearが行った「BIG FOOT」タイヤの大規模広告キャンペーンが、小規模事業者 Big O Tire の同一商標の先使用を打ちのめした。
リバース・コンフュージョンによる法的損害は主に以下の二点に分類される。
1. ブランド・アイデンティティの喪失:先使用者の信用と名声が吸収・消失する。
2. 評判の歪曲:消費者が先使用者こそ模倣者であると誤認し、先使用者の独自性と正統性が失われる。
インド法理におけるリバース・コンフュージョン
インドの裁判所は「リバース・コンフュージョン」を独立した法理として明確に位置づけてはいないものの、その趣旨に通じる問題は、以下のデリー高等裁判所の判決で検討されている。
事件1:Allianz Aktiengesellschaft Holding 対 Allianz Capital and Management Services Ltd.
(デリー高裁・2001年)
この事件では、ドイツの多国籍企業「Allianz」が、既に「Allianz Capital」を使用していたインド企業を提訴した。このドイツ企業は、国境を越えた名声をインド国内でも獲得していたと主張し、インド企業による「Allianz」という用語の不正な使用を申し立てた。一方、インド企業は、自社による「Allianz」という用語の使用を正当化することができ、また、ドイツ企業はインド企業の事業分野においてインド国内での事業展開がなかったと主張し、さらに、両当事者の事業分野の違い、すなわちドイツの多国籍企業が保険分野に従事しているのに対し、インド企業が投資銀行の分野である点も主張した。
デリー高等裁判所は、判決の第66項においてリバース・コンフュージョンについて以下のように判じた。
「ドイツ企業がインド国内でいかなる保険事業も開始していない以上、インド企業もしくはその譲受人が、自社のサービスをドイツ企業のものとして偽って提供するパッシングオフとは言えない。むしろ、インド企業が保険以外の事業で獲得した名声に鑑みると、それはリバース・コンフュージョンになるであろう...」。そのため、同判決ではドイツ企業の世界的な評判を認めつつも、インド企業の先行的ローカルプレゼンスを無視せず、リバース・コンフュージョンを回避するため、ドイツ企業に対し投資・金融サービス分野での「Allianz」の使用を差し止める一方、保険分野での使用は認めた。
事件2:AZ Tech (インド) 対 Intex Technologies (インド) Ltd.
(デリー高裁・2016年)
「AQUA」商標に関する先行する権利を持つ中小企業のAZ Techが、広告を伴い「AQUA」携帯電話シリーズを大規模に販売していた大手エレクトロニクス企業のIntexを提訴した事件。
AZ Techは2009年から携帯電話に「AQUA」商標を使用していたのに対し、Intexは2012年に使用を開始した。デリー高裁の単独判事(Single Judge)は、AZ Techの先行使用と信用に関する強力な一応の証拠(prima facie case)を確立したと判断し、Intexに対し同一商標の使用を差し止めた。また、単独判事は「Intex」の表示は混同を払拭するには十分でないとし、むしろAZ TechがIntexに買収されたとの誤認が生じ得ると指摘した。
しかし、デリー高裁の合議体(Division Bench)はこの判断を覆し、第一審判決を取消した。合議体は重要な点として、リバース・コンフュージョンを主張するためには、後の使用者であるIntexが先使用者AZ Techの信用と名声を無力化することを示す具体的証拠が必要であるが、少なくとも一応の考慮(prima facie consideration)としてもそれは示されていないとした。また、商標に付加された「Intex」の表記は顕著で明確であり、初期の混同の可能性すら払拭できるとの判断を示した(第32・33段落)。
小規模事業者への実務的助言
リバース・コンフュージョンから自社を守るために、中小企業はより強力な競合他社に圧倒されるのを避けるため、以下の事前対策を講じることができる。
1. 商標登録の確保:関連する区分における商標登録を確保することは、商標の先行権を確保するための最初の不可欠なステップ。
2. 市場の監視:新しい商標出願や、市場における大規模な宣伝キャンペーンを監視することは、後発使用者に対して時宜を得た措置を講じるために非常に重要
3. 詳細な記録の保持:売上、販促活動、および消費者の認知に関する詳細な記録を維持することは、市場における信用と名声、並びに顧客の認知度を証明するために最も重要。
4. 賢明な戦略:すべての紛争が戦うに値するわけではない。大企業が類似する商標を使用している場合、共存協定やライセンス契約を締結することを検討するのも賢明。
結論
リバース・コンフュージョン理論は、インドにおける商標法理に存在する空白を浮き彫りにするものである。インドの裁判所はAllianz事件やAZ Tech事件で本法理に言及しているものの、明確な基準を未だ確立していない。ロック的な道徳的権利、功利主義、コース的な効率性といった理論的観点を統合することは、リバース・コンフュージョン法理の認知が、公平性・効率性・イノベーション保護の観点からも極めて重要となる。
中小企業にとっては、注意深さ、積極的な登録や戦略的なブランド管理の決定こそが、リバース・コンフュージョンから自らを守る鍵となる。インド市場がグローバル市場へと変貌するにつれて、ダビデがゴリアテによってかき消されないことを確実にするために、一貫したリバース・コンフュージョン法理の発展は不可欠なものとなるだろう。
本文は こちら (WHEN GIANTS CONFUSE THE PUBLIC: NAVIGATING THE LAW OF REVERSE CONFUSION)
