では、有名だからといって、すべての人が「HOBBIT(ホビット)」商標についても認識しているということを意味するのだろうか。
ここで取り上げたEUIPOの決定においては、この問題は争点になっていない。被告である「HOBBIT」商標のドイツの出願人は、この点を主張せず、またトールキン関連商標の権利者である Middle-earth Enterprises に対し、「HOBBIT」商標の使用証明の提出も求めなかったからだ。
また、EUIPOの決定は商標の類否に関するものでもない。両商標が同一であることは明らかだからだが、では、本件は何を問題としているのか。EUIPOは、指定商品・サービスの類似性がどこまで及び得るのかという興味深い問題を検討しているのである。
Middle-earth Enterprisesの「HOBBIT」商標は、第35類の「オンラインによる衣料品の販売」等を指定して登録されている。他方、ドイツの出願人の「HOBBIT」商標は、第12類の「乗物」を指定している。「乗物」と「衣料品の販売」は類似するといえるだろうか。EUIPOの答えは「Yes」ということだ。
EUIPOは、衣料品の販売には安全服や防護服も含まれると説明している。この種の商品は、自転車、オートバイその他の乗物を取り扱う事業者によって販売されることが少なくない。結局のところ、両者は同一の流通経路を通じて提供され、部分的には需要者層も重なっている。これにより、限定的ではあるものの関連性が生じるというものだ。
もっとも、留意すべき点がある。判例法においては、商品と商品の販売とは、低い程度ながらも類似すると繰り返し判断されてきた。したがって、衣料品は衣料品の販売と一定の類似性を有する。但し、たとえばオートバイ・メーカーが防護服を販売し得るという理由だけで、需要者の混同のおそれを導くと評価するには、さらなる何かが必要となる。まったく異なる業種に属する企業の仮想的な商品まで常に考慮すべきなのだろうか。それは一線を越えるものだと考えるのだが。
トールキンの作品の中でホビットは魔法を使うことはできないが、現実の世界では、どうやらできてしまうのかもしれない。
