ドイツ商標法においては、「先願主義」により、一見すると、商標権者は登録によって当然に独占的権利を取得できるようにみえる。しかし、この原則には本質的な制約が存在する。ドイツ法上「Bösgläubigkeit(悪意)」と呼ばれる、商標出願における悪意の概念について、Giovanna Cassinが解説する。
悪意は決して新しい概念ではないものの、欧州知的財産庁(EUIPO)の決定を含む欧州連合での進展と足並みを揃える形で、ドイツ特許商標庁(DPMA)における手続、および邦通常裁判所(Federal Court of Justice:BGH)の判例法の双方において、ドイツの実務上、ますます中心的な位置を占めるようになっている。
特に、DPMAは2026年2月11日付の通知において、2025年半ば以降、悪意による可能性のある商標出願が著しく増加していることを明示的に指摘した。DPMAによれば、第三者によって既に成功裏に使用されているのの公式な保護(商標登録)を欠いている標章を標的にする出願が増加しており、その目的は、当該第三者に対して後で圧力を加えることにある場合が多いという。DPMAによれば、商標登録は、商品の出所表示機能を果たすためではなく、競争関係において交渉上の優位性を獲得する手段として、戦略的に利用される傾向が強まっている。
DPMAは、このような傾向を助長する要因として、技術や市場環境の変化を挙げている。具体的には、AIツールの発達によって未登録の標章を容易に発見できるようになったことや、オンライン・マーケットプレイスにおける権利行使システムの普及により、商標登録名義人が第三者(正当な権限を有する者を含む)を迅速に排除できるようになっていることがある。その結果、影響を受ける側が十分に反論・対応する前に、出品停止やブロック措置が講じられるケースが増えている。
このような背景から、企業は早期に登録による保護を確保するとともに、悪意をもって出願された(またはその可能性のある)新規の商標登録出願を能動的に監視することが推奨される。
商標出願における「Bösgläubigkeit(悪意)」とは何か
商標出願における悪意は、真正な使用の意図を欠き、むしろ第三者の妨害、不当な利益の獲得、または先在する権利への介入といった、濫用的または不当な目的を追求して商標出願が行われた場合に生じる。
ドイツ商標法第8条第2項第14号に基づき、出願人が悪意をもって行動した商標出願は、登録から排除される(絶対的拒絶理由)。同様のメカニズムは登録後にも適用され、ドイツ商標法第50条第1項に基づき、登録商標が悪意をもって出願されたものである場合には、その無効を宣言することができる。この二重のメカニズムにより、悪意のある行為に対して、審査段階と無効訴訟(手続)を通じた事後的な段階の双方において対処できることが担保されている。
もっとも、ドイツ法およびEU法のいずれも、悪意の網羅的な定義を定めていない。その代わりに、すべての関連する事情を総合的に評価することによって判断され、特に出願時における出願人の主観的意図に主たる主眼が置かれる
判例法における悪意認定の指標
悪意の認定には、主観的意図と客観的事情の双方に関する複雑な評価を要する。ドイツの判例法は、EU判例法の強い影響を受けつつ、いくつかの重要な判断指標を示している。
判例を総合すると、悪意は通常、以下のような事情から導かれる。
* 使用意思の欠如
* 他人による先行使用についての認識
* 商標を妨害手段として戦略的に利用する行為
もっとも、すべての要素が常に存在する必要はない。重要なのは、全体としての行為態様が商標制度の濫用を示しているか否かである。
ドイツ法におけるアプローチ
ドイツの裁判実務において、悪意は個々の事案に基づきケース・バイ・ケースで判断され、一般的には、悪意の概念が過度に拡張することがないよう限定的に解釈される。EUの実務と比較した場合、このアプローチは、明白な悪意に関する明確な証拠を要求する点で、より厳格であると見なされる可能性がある。
BGHは、2025年7月24日の最近の決定(事件番号:I ZR 100/23 – Testarossa/Testa Rossa)において、悪意は普遍的な是正手段ではなく、狭義に適用されるべき例外であるという点を強調した。したがって、悪意の認定には、出願の背後にある主たる動機を構成する、立証可能な「害意(損害を与える意図)」が必要とされる。単に先行する標章の存在を知っていたことや、通常の競争の範囲内にとどまる行為だけでは足らない。それゆえ、ドイツの裁判所は、客観的に濫用的な行動と、第三者の利益を侵害するという主観的な意図の双方を要求する。さらに、善意の推定が働くため、結果として、悪意を主張する当事者が立証責任を負い、具体的な証拠によってこれを満たさなければならない。
悪意による出願の結果と実務への影響
ドイツ法における悪意のある出願がもたらす結果は重大である;
* 出願の拒絶
* 登録商標の無効化
* 潜在的な損害賠償責任
これらの検討事項に鑑み、企業は慎重かつ十分に構築された商標出願戦略を追求することが推奨される。出願は、真正な使用の意図に基づくべきであり、指定商品および指定役務は、現実的かつ予見可能な事業計画と緊密に合致させるべきである。同時に、特に販売店(ディストリビューター)、代理人(エージェント)、その他の取引パートナーとの関係においては、標章の帰属(所有権)に関する明確な合意を交わしておくことが不可欠である。
商標登録簿の継続的な監視は、このアプローチをさらに補完するものである。なぜなら、これにより濫用的な可能性のある出願を早期に特定し、適時適切な戦略や法的対応をとることが可能になるからである。入念に調整された出願戦略および所有権に関する明確な契約上の取り決めと組み合わせることで、これらの予防的措置は、「Bösgläubigkeit(悪意)」の主張にさらされるリスクを著しく低減させる。同時に、これらは法的安定性を高め、ドイツ法下における商標ポートフォリオの長期的な安定性と持続可能な発展に寄与するものである。
本文は こちら (Bösgläubigkeit (bad faith) in trademark filings: A growing risk for businesses)
