商標権は、更新することで半永久的に権利が存続するという負担の上で、商標が社会全体に利益をもたらすことから社会における独占を奨励している。しかし、商標がスキャンダラスであったり、いろいろな人の感情を傷つけたりする虞のある商標を選択することができるということを意味するものではない。なぜならば商標によって名誉を傷つけられることに繋がるからだ。インド商標法第9条(登録拒絶の絶対的理由)第2項(b:インド国民の階級若しくは宗派の宗教的感情を害する虞がある事項からなり又はそれを含んでいるとき、標章は商標として登録されない。)は、上記の精神が反映されたものだ。しかし、米国の立場はすこし違うようだ。
米国は、常に他の権利よりも市民の言論と表現の自由を保護してきた。基本的に、市民が自らを自由に表現する権利を持つべきだと考えるからだが、最近のMatal vs Tam裁判では、アジア系アメリカ人のバンド名「The Slants」に関して、「不道徳的、欺瞞的若しくは中傷的な事項を含むもの、又はある者(生存しているか死亡しているかを問わない)、団体、信仰若しくは国民的な象徴を 軽蔑し,若しくはそれらとの関係を偽って示唆し、又はそれらを侮辱し若しくはそれらの評判を落とす虞のあるもの」から成り又はそれらを含む商標は登録できないというランハム法第2条(a)を無効とする求めが請求された。アジア系アメリカ人バンドは、「The Slants」という商標を出願したが、「slant」は「つり目」の意味で、一般的にアジア人への蔑称とされているが、バンドは、差別語として使用されてきた言葉を差別される側が肯定的な意味で使うものだと主張していたが、USPTO(米国特許商標庁)にランハム法第2条(a)を理由に、「The Slants」商標の登録を拒絶した。アジア系アメリカ人バンドは上訴し、合衆国連邦巡回区控訴裁判所は、ランハム法第2条(a)は言論の自由を定めた合衆国憲法修正第1条に違反するとの判決を下し、最高裁判所も、商標すべてを政府の言論の枠にはめるべきではないとし、もしUSPTOの主張を認めると、政府登録に関連する文書は、政府の言論の拡張になることを示唆しているとして、控訴裁判所の判断を支持した。差別的な商標の登録を制限する条項(ランハム法第2条(a))によって、民族性や特定の人種の個人を侮辱する虞のある商標の登録を防ぐことができると政府は主張したが、最高裁判所は、米国の連邦最高裁判所陪席裁判官であった法律家のオリバー・ホームズが書いた「言論の自由は嫌悪するような考え方」も保護するものだという有名な言葉を引用した。
最高裁判所の判断は、言論の自由を保証するものだが、人種的な中傷を意味する標章が登録される可能性を与えることにもなる。また、この判断により、米国先住民の蔑称「赤い肌」を名称にしているナショナル・フットボール・リーグ(NFL)のワシントン・レッドスキンズに対し、商標登録を復活させる道を開くものになるかもしれない。USPTOは、今後特定のグループの人々に対して不敬または傷つけるような商標出願を受けることが増えるかもしれない。これらの中傷の虞があると考える商標の登録に反対するかは、これらの対象となる人々の判断に委ねられる。結局のところ、このケースは、米国の裁判所がこの国で言論の自由の守護者として行動し続けるという事実の繰り返しの1つなのであろう。