2018-02-12

網野誠著「商標」の思い出 - 工藤莞司弁理士

 昨年末、網野誠先生の訃報に接した。ご高齢で事務所を退かれ、ご自宅で静養されていることは知っていた。特許庁時代の大先輩であるが、最初に浮かんだのは御著書「商標」(有斐閣刊 昭和39年)である。

 私の入庁時は、筆頭審判長であられたと思う。当時は、現在とは違い商標系の審判長は本省出身の方が占めていた。そして、工業所有権実務双書として、吉藤幸朔著「特許法概説」(昭和43年)に先立って前掲書を著された。 未だ特許法や商標法の馴染みが薄く、この分野の解説書は他には見当たらない時代で、実務界のみならず、弁理士受験者間では、大いに利用されていたようである。私の手許には、前掲書初版2刷がある。入庁間もない頃で薄給の身では簡単には入手出来ず、大分遅れたことを覚えている。

 商標審査へ転じた私は、網野先生より指導を受ける機会も生じた。サービスマーク登録制度導入のための改正作業の際は、事務所へ伺い、懇切丁寧にお教え戴いたことが思い出される。また、駄文を公表すると直接電話を戴いた。そんな縁が重なったからと思うが、前掲書5版や6版は、贈呈して戴いた。そのやりとりから、先生は、終戦直前、私の出身地山形県東根の神町飛行場建設の監督将校として赴任されていたと知った。懐かしく話されるのを伺い、神町再訪の話しもあったが実現出来なかった。残念である。

 その後、小野昌延編「注解商標法」(青林書院刊 平成6年)では、先生と私が共同執筆する機会を得た。勿論、前掲書「商標」をふんだんに活用させて戴いた。その後入手した清瀬一郎著「特許法原理」や三宅發士郎著「日本商標法」、村山小次郎著「特許新案意匠商標四法要義」にも、お世話になった。そうしたら、先生も読まれたらしく、唐突に、御著書の改訂の話しを私にされた。私は、任に堪えないと即座に断った。冗談の類であったと思う。

 長い間商標法界をリードされ、私の思い出にもある網野先生が逝かれた。でも、ご子息のみならず、お孫さんも立派に事務所を引き継がれている。御著書も遺り、先生も、安心されて旅立たれたことと思う。ご冥福を祈るばかりである。合掌。(工藤莞司)