先願主義の商標制度で、しばしば問題となるのは、真の商標権者が出願する前に、悪意のある人が商標を出願し登録してしまうことだ。このような場合、先行する商標登録により、悪意のある商標権者は、模倣品とみなされることなく、その国で商標を使用し、商品を生産・販売することができる「合法的模倣」状態になり、真のブランドオーナーは、その国で製品を商品化できなくなってしまう。しかし、最近の裁判所の判決でこの問題に対する解決策があることが確認された。
事件は、世界的に有名な米国の衣料品会社が、タイ市場で自社ブランドの権利を確保しようとしたところ、あるタイ人の出願人によって、自社の商標がすでに複数登録されていることが分かったことから始まった。登録された商標は、文字が同じであるばかりか、フォント、色彩、デザインも同じものが使用されていた。さらに調査を進めると、この登録者は、世界的に認知されている他の様々なブランドに対してもタイで商標を出願していることが判明し、悪意のある行為を続けていることも分かった。米国のブランドオーナーは、法廷での立証は可能と考え、タイの知的財産・国際貿易裁判所(IP&IT Court)に取消請求を行い、タイ国内での商標権を取り戻そうと決断した。
タイの商標法では、正当な所有者は、商標が登録後5年を経過していないことを条件に、優先する権利を有していることを立証すれば先行する登録商標を取消すことができる。優先する権利の根拠という概念は単純なもので、真のブランドオーナーが、先に登録した人よりも自分の商標を使用する正当な権利を持っているという立証を指す。
しかし、米国の衣料品会社が、タイにおいて正当な権利を有していることを立証することは、依然として困難であった。なぜなら、このブランドは国際的に強い存在感を示していたが、タイには実店舗や正規代理店がなかったためだが、その代わり、このブランドは、過去10年間のオンライン販売と広範囲なマーケティング活動、有名出版社のオンライン記事を含むウェブサイトやソーシャルメディアでの商標の使用を示すことで優先する権利を立証した。
重要だったのは、米国のブランドオーナーが、10年前、つまりタイの登録者が商標を出願する前に、タイの人々が同社の製品を使用している様子を写した雑誌のバックナンバーを提示したことだ。この克明な証拠は、タイの登録者が他の有名ブランドの商標を登録してきた経緯を考慮したとき、特に説得力があった。
IP&IT Courtは、タイの登録者が同じ商標を創出した可能性は低いと判断した。また、登録者は同じ商品を製造・販売する事業を行っているとの主張に対して、商標登録を申請する前に、正規ブランドの製品を見ていたはずだと推論した。したがって、IP&IT Courtは、米国のブランドオーナーの方が商標に対する権利を有しているとの判断を下し、タイの商標登録の取消を命じた。
タイの登録者は控訴したが、専門事案控訴裁判所(Court of Appeal for Specialized Case)は、既に商品の製造・販売事業を行っていたという登録者の主張が事実であれば、商標の先行使用の証拠を提出することは容易であったはずなのに、それができなかったと指摘し、IP&IT Courtの判決を支持した。このようにして、米国のブランドオーナーは問題を解決することができた。
但し、この判決はまだ確定しておらず、両当事者はさらに最高裁に上告することも可能だが、正当なブランドオーナーがブランドを保護し、タイでのビジネスを回復するための有望な解決策を示すものになったことは間違いない。