2023-12-25

工藤莞司の注目裁判:先使用権存在の抗弁が斥けられて商標権侵害が認められた事例

(令和5年11月30日 大阪地裁令和4年(ワ)第4903号 「久宝殿商標権侵害事件」)

事案の概要 本件は、原告(商標権者)が、葬祭業等を営む被告に対し、被告標章「久宝殿」が付された壁面看板の展示やパンフレットの使用等を行った被告の行為は、原告が有する本件商標権(商標「久宝殿」登録6432352号 45類 指定役務 葬儀・法要の相談又は企画、葬儀・法要の執行、葬儀・法要のための施設の提供等)を侵害するとして、商標法36条に基づき、上記展示等の行為の差止めと、被告標章を付した宣伝広告物の廃棄を求めたのに対して、被告は先使用権の存在(商標法32条1項)等を抗弁した事案である。

判 旨 認定事実によれば、本件会館の平成28年から令和2年までの葬儀の全施行件数(567件)のうち、葬儀申込者の居住地が半径2km圏内に存在する件数が約82%(464件)を占めているが、上記圏外の件数が2割弱も存在すること、みと大協(引用者注・被告の前に同じ会館で葬祭業を営んでいた者)が近隣地区のみならず大阪地域ないし東大阪 ・八尾の相当程度広い地域を対象とした宣伝広告活動も行っていたことを考慮すると、みと大協が被告標章と同一の「久宝殿」標章をその業務(葬儀業)に使用していた地理的範囲は、おおむね東大阪市及び八尾市の全域(本件会館から最大で約10km圏内。証拠略)と考えられるから、先使用権が認められるための要件としての周知性についてはその範囲において検討されるべきである。
 以上からすると、仮に、東大阪市及び八尾市全域という地理的範囲における先使用権の成立が許容され得ることを前提として、本件会館が、平成12年から 「メモリアルホール久宝殿」との名称で約20年にわたり葬儀会館として使用されてきたこと、「久宝殿」との標章(被告標章)が一定程度の識別力を有することを考慮しても、被告標章は、本件商標の登録出願(令和2年9月17日出願)の際、当該範囲において、現に需要者の間に広く認識されていたとは認められない。 したがって、被告が、みと大協から「当該業務を承継した者」(法32条1項後段)に当たるか否かを検討するまでもなく、被告標章につき被告に先使用権が認められるとの被告の主張(抗弁)は理由がない。
 (権利濫用について) 本件商標の登録出願及び本件商標権の取得につき、原告が殊更被告の権利を妨害しようとする意図を有していたとは認められず、原告の被告に対する本件商標権の行使が権利の濫用に当たるとは認められない。

コメント 本件は、商標権の侵害訴訟において、被告が先使用権の存在をもって抗弁した事例である。先使用権の存在は、本件商標権の出願前からの不正競争の目的のない使用で、出願前に周知性の獲得が必要である。周知性の範囲が問題で、裁判所は、先使用権が認められた場合商標権の効力に対し重大な制約をもたらすことを前提として、本件事案では、『みと大協が「久宝殿」との標章をその業務 (葬儀業)に、会館として使用していた地理的範囲は、おおむね東大阪市及び八尾市の全域(本件会館から最大で約10km圏内に相当)と考えられるから、先使用権の要件としての周知性についてはその範囲』とし、被告側使用による周知性を否定した。

 葬儀に関する役務は地域性が強いもので、本件では前事業者が宣伝広告をした業務範囲とし、本件事案に即したようである。
 学説では、32条1号の周知性は4条1項10号と同等のものとの説と、それよりは狭くても足りるとの説が対立しているが、裁判例は後者で、取引の実情に応じ具体的に判断するとし、本件はその例であろう。権利濫用の抗弁も斥けられた。