2024-02-05

工藤莞司の注目裁判:権利行使制限規定に該当するとして商標権侵害請求が棄却された事例

(令和5年12月19日 大阪地裁令和4年(ワ)第9818号 「熱中対策応急キット」商標権侵害差止等請求事件)

事件の概要 本件は、原告が、被告に対し、被告標章「熱中対策応急キット」を付した商品の販売及びその広告に被告標章を付する行為は、原告の有する本件商標権(下掲参照)を侵害するものとして、商標法36条に基づき、前記販売等の行為の差止めを求め、被告商品及びその広告から被告標章の抹消を求めるとともに、損害賠償金等の支払を求めた事案で、争点として、(1) 本件商標の法3条1項3号に基づく無効理由の有無(争点1) 、(2) 被告標章の法26条1項2号、6号該当性(争点2、3)、 (4) 本件商標権に基づく本訴請求は権利の濫用に当たるか(争点4)である。
 本件商標は、「熱中対策応急キット(標準文字)」で、指定商品「5類 タブレット状サプリメント、その他のサプリメント、9類 カード型温度計、18類 ポーチ、かばん類、21類 化学物質を充てんした保温保冷具、再利用可能な代用氷、水筒、飲料用断熱容器、携帯用クーラーボックス(電気式のものを除く。)、保温袋、24類 布製身の回り品、タオル、32類 飲料水、清涼飲料、果実飲料、飲料用野菜ジュース、乳清飲料」である。

判 旨 「熱中対策」の語は、本件査定日の時点で、「熱中症対策」との意味でも一般的に理解され、「熱中対策応急キット」の語は、熱中症の対策又は応急処置に用いる物品一式ないしそのような物品を含む商品との意味を有することが一般の認識と認められる。そして、本件指定商品は、熱中症の対策又は応急処置に用いる物品ないしそれらを収納するポーチ等の商品に含まれると認められるところ、標準文字「熱中対策応急キット」との本件商標がかかる商品に使用された場合、当該商品の取引者又は需要者によって、当該商品の用途を示すものとして一般に認識される状態となっていたといえる。そうすると、「熱中対策応急キット」 との本件商標は、指定商品に使用された場合、商品の用途を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標として、法3条1項3号に該当すると解するのが相当である。したがって、本件商標は、法3条1項3号に違反して登録されたものであり、無効審判により無効とされるべきもので、原告は、被告に対し、本件商標権を行使することができない(法46条1項1号、39条、特許法104条の3第1項)。

コメント 本件事案では、本件商標権の登録に無効理由があるとして、商標権の行使が制限されて、請求が棄却された事例である。侵害訴訟に対する抗弁の一つに、当該商標権の登録に無効理由が存在するときは、権利行使の制限の抗弁が可能とされている(商標法39条で準用する特許法104条の3第1項)。平成12年の最高裁の判例変更により(「キルビー特許事件」平成12年4月11日 最高裁平成10年(オ)第364号 民集54巻4号1368頁)を踏まえて、平成16年の特許法改正(平成16年法律第120号)で権利行使の制限規定が新設され、商標法にも準用された。除斥期間の適用があるが、本件事案では、除斥期間内である。
 本件商標権の登録には3条1項3号違反の無効理由が存在するとされ、事案からは過誤登録の例と見える。これまで、3条1項1号違反無効理由存在の「カンショウ乳酸事件」平成13年2月15日 東京地裁平成12年(ワ)第15732号、控訴審平成13年10月31日 東京高裁平成13年(ネ)第1221号)、4条1項10号違反無効理由存在の「モズライトギター事件」平成13年9月28日 東京地裁平成10年(ワ)第11740号 控訴審平成14年4月25日 東京高裁平成13年(ネ)第5748号)、4条1項7号違反無効理由存在の「ADAMS事件」平成15年7月16日 東京高裁平成14年(ネ)第1555号)がある。これらに一例を加えた裁判例となった。