2024-06-17

工藤莞司の注目裁判:商標非類似として、侵害請求が棄却された事例

(令和6年4月18日 大阪地裁令和5年(ワ)第691号 「子どもとママの歯医者さん」事件)

本件事案の概要 本件登録商標 「子どもとママの歯医者さん」(標準文字)に係る各商標権を有する原告は、「香椎照葉こどもとママの歯科医院」等を使用する被告に対し、被告各診療所において被告各標章を付すことの差止め、廃棄及び損害賠償等を求めた侵害訴訟事案である。   

判 旨 被告標章1は、「香椎照葉こどもとママの歯科医院」の同一字体の文字を1行の横書きにて配して成るものである。「こどもとママの歯科医院」の部分は、母子を歯科治療の対象としている意味合いを伝えるにすぎないことに加え、証拠及び弁論の全趣旨によれば、同趣旨の商標は、多くの歯科医院において使用されていることが認められる。そうすると、被告標章1のうち「こどもとママの歯科医院」の部分は、自他役務の識別力が弱いというべきであるから、同部分が、取引者又は需要者に対し、役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるということはできず、同部分だけを抽出して本件各商標と比較して類否を判断することは相当でない。 そこで、本件各商標と被告標章1全体を比較して類否を判断するに、本件各商標と被告標章1の外観は、少なくとも「香椎照葉」の有無という明らかな相違がある。また、本件各商標からは「子供と母親のための歯医者さん」という観念が生じるのに対し、被告標章1からは「香椎照葉にある子供と母親のための歯科医院」という観念が生じる。そして、本件各商標は「コドモトママノハイシャサン」等という称呼が生じるのに対し、被告標章1は「カシイテリハコドモトママノシカイイン」という称呼が生じる。したがって、本件各商標と被告標章1は、外観、観念及び称呼のいずれをみても、明確に相違をしており、取引の実情を考慮しても、需要者がその出所につき誤認混同を生じるおそれがあるとはいえない。                           被告標章2は、上段に「香椎照葉」、下段に「こどもとママの歯科医院」の同一字体の文字をそれぞれ横書きし、「香椎照葉」の文字の左右に恐竜の親子様のイラスト(左右を反転させたもの)を一つずつ配して成るものである。被告標章2と被告標章1は、「こどもとママの歯科医院」の部分についての自他役務の識別力が弱いことは同様であるから、被告標章2についても、このうち「こどもとママの歯科医院」の部分が、取引者又は需要者に対し、役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるということはできず、同部分だけを抽出して本件各商標と比較して類否を判断することは相当でない。 そうすると、本件各商標と被告標章2のうち、少なくとも文字部分のみの類否を判断した場合であっても、前記のとおり、両者は、その外観、観念及び称呼のいずれをみても、明確に相違をしており、取引の実情を考慮しても、需要者がその出所につき誤認混同を生じるおそれがあるとはいえない。

コメント 本件事案は、35類歯科医院の診断等に係る「子どもとママの歯医者さん」と「香椎照葉こどもとママの歯科医院」を巡る侵害請求事件である。「香椎照葉」の存在で、「こどもとママの歯科医院」は要部ではなく、商標非類似として、原告の請求は棄却された。裁判所も判断の中で、「こどもとママの歯科医院」は識別力が弱いことを挙げているが、裏を返せば、本件登録商標の登録性にも疑問が生じる例である。そして、侵害事件にまで至っているのだから、審査、審判における識別力の判断は重要である。使用事実例からの識別力の判断は限界があり、取引者、需要者の認識によるのが商標法の規定である(3条1項6号)。