こんにちは、鈴木三平です。
第3話は「PEPERONCINO」です。
前によく行っていたイタリアンレストランのランチは、スパゲティを「トマト系・オイル系・クリーム系」に分かれていたのですが、「ペペロンチーノ」は「オイル系」の代表格でした。「辛いもの好き」は、更に唐辛子オイルをかけたりしますが、それだとイタリアンを超越してしまっているような… いまや「アーリオ・オイリオ・ペペロンチーノ」なんて言い回しも、聞いたことがない方は少ないのではないものと思います。それでも、以下の(1)の商標「PEPERONCINO」の商標権は生きています(更新料が払われている)が、未だにライセンスを受けている方がいらっしゃるのでしょうか?
さて、今回から、グラフのデザインを少し変えました。折れ線でなくて塗りつぶすことによって、「知識の広がり・浸透」が実感できるように思ったのですが…
1.辞書情報
イタリア料理用語辞典
peperoncino [ペペロンチーノ](町田亘・吉田政国編『イタリア料理用語辞典』白水社 1992年初刷129ページ)
男 唐辛子.
注:男=男性名詞
2.商標の状況
<拒絶理由通知書から抜粋>
構成中の「東京」の文字は、「日本国の首都。」(出典:岩波書店発行「広辞苑第七版」)である「東京都」を認識させるものであり、また、「ペペロンチーノ」の文字は、「唐辛子をオリーブ油で炒めてパスタにからめた料理。」(出典:同上)の意味を有し、パスタ料理の一種として一般に親しまれているものです。
そうしますと、本願商標全体としては、「東京都のペペロンチーノ」ほどの意味合いを看取させるものであり、本願商標をその指定商品又は指定役務中、「調理済みパスタ,弁当,パスタソース」、「パスタを主とする飲食物の提供,飲食物の提供」について使用しても、これに接する取引者・需要者は、当該商品が「東京都で生産又は販売されるペペロンチーノを内容とする商品」や、「東京都で生産又は販売されるペペロンチーノ用の商品」であること、又は、当該役務が、「東京都におけるペペロンチーノを主とする飲食物の提供」であることを理解、認識するにとどまるものといえますから、本願商標は、商品の品質・産地・販売地又は役務の質・提供の場所を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標と判断するのが相当です。
3.その他情報
(1)吉川敏明『ホントは知らないイタリア料理の常識・非常識』 柴田書店 2010 150ページ
「イタリア語では、ピリ辛は「ピッカンテpiccante(辛い)」「コン・ペペロンチーノcon peperoncino(唐辛子入り)」「アル・フォーコal fuoco(火が出るくらい)」というのが普通です。」
(2)新聞記事(ヨミダス・読売新聞)におけるキーワード「ペペロンチー」の検索結果
「ペペロンチーノ」又は「ペペロンチーニ」を想定した検索。最初が92年に1件、94年から97年は毎年1件で、98年は0件だったが、99年には3件となり、その後着実に件数が増加している。他のメニューと比べても出現頻度は高めである。
4.コメント
ヨミダスの結果から考えるに、(1)の登録時点(88年)では、「ペペロンチーノはほとんど知られていない」と言わざるを得ないようだ。しかし、遅くとも(2)の審査前から、少しずつ「ペペロンチーノ(ニ)」を取り上げた記事が出はじめ、メニュー名として知られるようになっていそうな状況である。ちなみに、「ペペロンチーニ」は、”peperoncino”の複数形”peperoncini”を仮名書きしたものに当たり、商標的には「ペペロンチーノ」とは類似、新聞記事でも同視してもよいと思う。
(1)は登録、今でも権利存続中だが、登録から5年を越えると、前回も述べた除斥期間の問題もあって、仮に「商標としての機能」を失っていても、商標登録を取消したり、無効にしたりすることができない。もっとも、商標としての機能を失った後に、他人が「ペペロンチーノ(ニ)(ローマ字も含む)」を使用した場合には、商標法26条というのがあり、登録は有効でも商標権の行使ができないというのが原則である。つまり、使用の差止や損害賠償を免れうる場合があるのである。しかしながら、たとえば90年代後半あたり、社内においてこの局面で「使って大丈夫です」というのは、お金をかけて弁護士さんの意見を貰うとしても度胸が要るし、せっかく事業の支援をするつもりが、リスク管理会議やコンプライアンス委員会に呼ばれてしまうかもしれない。ましてや「絶賛販売中」に、商標権者から侵害の警告状でも来れば、社内外から責められ、四面楚歌状態にもなりうる。特に警告を出す側が、細い「つて」をたどり、社内の販売部門の役員あたりから揺さぶってくる場合があり、そうなれば、社内が社外以上に手ごわくなるときもあるのだ(その手法を「政治力」というのは、平成までで終わりにしてほしい)。とはいえ、「これは登録商標と同一、類似のものだから使用できません」と言うのもどうかと…
そんな場合に、(2)のような出願がされるときがある。商標が「Trademark(注参照)\ペペロンチーニ」で、指定商品が「唐辛子入りのレトルトパスタソース」である。指定商品については「ペペロンチーニソース(第一話の「ティラミス」も参照)」がベターだが、本件のように一歩引いた「翻訳」でもよい。商品の市場導入に間に合わない場合もあるが、これが登録されれば、使っても侵害にならなそうだと分かる。少なくとも審査時点で、「PEPERONCINO」が「商標として機能しない」と判断されているからである。なお、本件は1年5か月かかったが、早期審査で3か月程度という手段もある。そして、(2)と別の第三者の立場にたてば、「Trademark」部分が自分の会社のマ-クの、「ペペロンチーノ(ニ)」と表示したソースを販売しても、大丈夫そうだと考えることができる。ややまどろっこしくなったが、(2)の出願・登録という好プレーにより、第三者のトラブル回避という効用もあったに違いないのである。そう、(2)の出願人の商標担当に感謝していた人は、間違いなくどこかにいたのだ。
さすがに最近ともなれば、2019年の(3)のようなものも出てきて、「ペペロンチーノ」が「商標としての機能」を失っているという審査官の判断を、その根拠も含めてインターネットで無料で容易に見ることができる。いや、これだけ新聞記事検索にも出てくるような状況、もはや審査結果を見るまでもないだろうけれど… ちなみに審査官は(1)等との類似についても触れているが、ここでは無視する。
最後に蛇足だが、(3)につき、飲食物の提供(レストランの店名等)についても、「東京ペペロンチーノ」が「商標として機能しない」と判断されたが、その部分は登録を認めてもよかったように思う。たとえ売れ筋メニューが「ペペロンチーノ」でない店でも。
<注>
構成は、「1.辞書、2.商標の状況、3.その他、4.コメント」とした。商標・イタリア料理・調査、いずれのプロからも、「半人前」だとの集中砲火を浴びるかもしれないが、多少不十分な点があろうとも、面白いと思える発見があれば幸いである。商標についても、時代によっては情報が薄いところもあり、間違っているところ、私の知らないネタがあれば、「タレコミ」は大いに歓迎したい。
なお、出願人、権利者は表示せず、紹介する商標中に、各社のブランドマークにあたる部分がある場合にも、”Trademark”という表示とする。記した番号から調べればすぐ分かることであるが、筆者のいた会社も含めた当事者等が悪者にされる等、話題があらぬ方向に逸れることを少しでも避けたいからである。
* 「指定商品又は指定役務」は、問題となった部分のみで、全部を表示していないことがある。
* 「消滅」は、存続期間(分納)満了、拒絶査定・審決、取消の日等で、確定の日でないものもある。
* 番号は出願番号と、あるものは異議・審判番号のみとし、登録されたものも、登録日のみとして、その番号は省略した。
次回は、これも今となっては「まさかまさか」の登録商標。「BALSAMICO」について扱う予定。