こんにちは、鈴木三平です。
第20話は魚介類である「ABALONE」「BOTTARGA」と、イカスミ「NERO DI SEPPIA」と魚の発酵調味料「GARUM」を取り上げます。
Ⅰ.ABALONE
1.辞書情報
Abalone[アバローネ]町田亘・吉田政国編『イタリア料理用語辞典』白水社 1992年初刷1ページ)
男 あわび=devotional.
注:男=男性名詞
「イタリア食品市場」のウェブサイト
「イタリア料理用語集」の見出しの下、「-アバローネ(abalone)-
あわびの意。」との記載がある。
https://cucinaitalia.jp/italian-cookingwords/
(2025年3月15日閲覧)
2.商標の状況

<拒絶理由通知より抜粋>
本願商標を、その指定役務中、「飲食物の提供」に使用しても、これに接する取引者、需要者は、「アワビを主とする飲食物の提供」であることを表示したものと理解し、把握するにとどまりますので、本願商標は、単に役務の質を普通に用いられる方法で表示したものというべきです。
したがって、本願商標は、商標法第3条第1項第3号に該当し、「アワビを主とする飲食物の提供」以外の「飲食物の提供」に使用するときは、役務の質の誤認を生ずるおそれがありますから、商標法第4条第1項第16号に該当します。
3.その他情報
(1)新聞記事(ヨミダス・読売新聞)におけるキーワード「(アバローネ」はノイズのみ。
4.コメント
商標(2)だけでなく(1)も英語かもしれないが、イタリア語も同じ綴りである。(1)は一旦審査を通過(出願公告決定)したが、その後審査官が登録拒絶の理由を通知し、指定商品が「加工水産物」等だったところ、「くんせいあわび」のみに限定して登録査定、商標登録がされている。第三者からの情報提供があったのかもしれない。この態様で「Smoked ABALONE」と明記してあるのだから、「燻製鮑」以外に使用すれば、品質誤認のおそれということなのだろう。これは商標が「Smoked ABALONE」の文字のみだったら、「商標として機能しない」という理由で登録拒絶がされるということなのである。かなりのプロ以外には知られていないような気はするが…
(2)はルビから完全に英語である。外食サービスに「アワビ」と言ったところで、「焼き鳥」と同様、主な提供物を言うだけで商標として機能しないといったところだろうが、ちょっと厳しいようにも思う。
なお、ロキシーミュージックの80年代のヒットアルバムは「Avalon」なので、無関係。
Ⅱ.BOTTARGA
1.辞書情報
bottarga[ボッタルガ]《複-ghe》(上記『イタリア料理用語辞典』24ページ)
女 からすみ.
注:女=女性名詞
2.商標の状況

<審判H11-014855の審決から抜粋>
「ボッタルガ」は、「地中海産のからすみ」と言われ、古代ローマ時代より食されていたと言われている。そして、我が国における昨今のイタリア食ブームにあって、「ボッタルガ」は、その食材として用いられており(地中海フーズAKASAKA インターネットホームページ等)、「ボッタルガ」を使用した料理がメニュー等に表示されている事実が認められる(パンパシフィックホテル横浜/カフェトスカ インターネット等)。そして、「ボッタルガ」が、スパゲティなどパスタ料理にもよく用いられている食材であることが認められる。
そうとすれば、本願商標を、その指定商品「レトルトパスタソース、その他のパスタソース」に使用するときは、該ソースが「ボッタルガ又は、ボッタルガの風味を加味してなるソース」であることを認識するにとどまり、単に商品の品質、原材料を表示するにすぎないものといわなければならない。
3.その他情報
新聞記事(ヨミダス・読売新聞)におけるキーワード「ボッタルガ」の検索結果

4.コメント
審判で「イタリア料理用語辞典」が証拠として採用され、以下の通り記載されている。
「「bottarga」の項によれば、「からすみ」と記載されており、該語が「ボッタルガ」と発音されていることを確認することができる。」
Ⅲ.NERO DI SEPPIA
1.辞書情報
Nero[ネーロ](上記『イタリア料理用語辞典』117ページ)
②男 黒,黒色.~ di seppia いかすみ.
seppia [セッピア](同159ページ) 女 甲いか,もんごいか.
注:男=男性名詞;女=女性名詞
2.商標の状況

<異議2008-900344の異議決定から抜粋(商標登録一部取消)>
構成中の「NERO」、「DI」及び「SEPPIA」の各文字は、それぞれ「黒い、墨」、「・・・の」及び「イカ」等の意味を有するイタリア語であり、「nero di seppia」の文字が「イカの墨」の意味を有するものであることが認められる
レストランにおけるメニュー中、「イカの墨入りスパゲッティ」、「イカ墨のスパゲッティ」、「イカ墨のリゾット」、「イカスミのパスタ」等の表示において、「NERO DI SEPPIA」、「Nero di seppia」又は「nero di seppia」の各文字が使用されている
本件商標をその申立てに係る指定商品中「食用魚介類を主材とするイカ墨入りの惣菜,その他のイカ墨入りの加工水産物,イカ墨入りのカレー・シチュー又はスープのもと,イカ墨入りのミートソース,その他のイカ墨入りのパスタソース」に使用するときは、少なくとも、これに接するイタリア料理に関係する商品の取引者又はイタリア料理に関心を有する需要者に、商品の品質、原材料を表示したものと認識させるにとどまるものであるとみるのが相当であり、自他商品の識別標識としての機能を果たし得ないものというべきである。また、本件商標は、上記商品の取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのは公益上適当でないといわなければならない。そして、本件商標は、商品の品質、原材料を表すものと認識される以上、上記商品以外の申立てに係る指定商品「食用魚介類を主材とする惣菜,その他の加工水産物,カレー・シチュー又はスープのもと,ミートソース,その他のパスタソース」に使用するときは、商品の品質について誤認を生ずるおそれがあるというべきである。
3.その他情報
「Osteria Abebeeno」のウェブサイト
「2013年8月16日金曜日
Linguine al Nero di Seppia セピア色のイカスミパスタ リングイネ」との記載がある。
https://abebeeno.blogspot.com/2013/08/linguine-al-nero-di-seppia.html
(2025年3月15日閲覧)
4.コメント
辞書で「Nero di seppia」が「イカスミ」を意味するにとどまらず、レストランのメニューや、ウェブページのレシピ、パスタソース等の商品にこの表示が現実に使われていて、独占適応性も欠くとして、一部指定商品について登録が取り消されたもの。ほぼ同じ商標が同じ出願人によって1996年2月22日に出願されて登録され、異議されることなく本件出願の2日前の2007年11月28日に存続期間を満了しているので、指定商品の充実を図ったものと考えられるが、今世紀の審理では、一部商品とはいえ、「商標として機能しない」とされたものである。ちなみに、輸入食品を多く取り扱っている店に行くと、「Nero di seppia」等と記載したイカスミソースに出会うことができる。
Ⅳ.GARUM
1.辞書情報
「山本直文フランス料理用語辞典」によれば、「garum」の文字が「ギリシャ、ローマ時代に多用された魚醤」(異議H11-91676の異議決定公報による)
2.商標の状況

<異議平11-091676の異議決定から抜粋(商標登録取消)>
これをその指定商品中の「古代ローマ風の魚の塩漬けを濃縮して発酵させた醤(ひしお)」について使用しても、これに接する取引者・需要者をして、単に商品の品質を表したものと理解・認識させるにすぎないものであり

3.その他情報
新聞記事(ヨミダス・読売新聞)におけるキーワード「ガルム」の検索結果

4.コメント
「その商品の普通名称(3条1項1号)」を理由とする異議申立てについて、商品の品質(同3号)としている。いずれにしろ、「商標として機能しない」ということである。
「GARUM」は、なぜかイタリア料理用語辞典にはなく、フランス料理用語辞典に出ているイタリアの食材名だったが、現在のアンチョビソースの原型といったらいいのだろうか、イタリア版しょっつる、ナンプラーのようなものであるといえそうだ。一般消費者に理解されてなくても、イタリア料理専門店での理解があれば、その世界では商標として機能しないし、一個人、一業者に商標権を認めるのは適切ではないだろう。
<注>
構成は、「1.辞書、2.商標の状況、3.その他、4.コメント」とした。商標・イタリア料理・調査、いずれのプロからも、「半人前」だとの集中砲火を浴びるかもしれないが、多少不十分な点があろうとも、面白いと思える発見があれば幸いである。商標についても、時代によっては情報が薄いところもあり、間違っているところ、私の知らないネタがあれば、「タレコミ」は大いに歓迎したい。
なお、出願人、権利者は表示せず、紹介する商標中に、各社のブランドマークにあたる部分がある場合にも、”trademark”という表示とする。記した番号から調べればすぐ分かることであるが、筆者のいた会社も含めた当事者等が悪者にされる等、話題があらぬ方向に逸れることを少しでも避けたいからである。
* 「指定商品又は指定役務」は、問題となった部分のみで、全部を表示していないことがある。
* 「消滅」は、存続期間(分納)満了、拒絶査定・審決、取消の日等で、確定の日でないものもある。
* 番号は出願番号と、あるものは異議・審判番号のみとし、登録されたものも、登録日のみとして、その番号は省略した。
<これまでのあらまし>
20話まできたので、これまで取り上げたものを整理
話 | 用語 | 分類 | 累計数 |
1 | tirami su, tiramisu(ティラミス) | 菓子 | 1 |
2 | Margherita(マルゲリータ) | ピザ・パン | 2 |
3 | peperoncino(ペペロンチーノ) | 調味料 | 3 |
4 | balsamico(バルサミコ) | 調味料 | 4 |
5 | dente(デンテ) | 加工穀物 | 5 |
6 | limoncello(リモンチェッロ),grappa(グラッパ),amaretto(アマレット) | 酒類 | 8 |
7 | Affogato(アフォガート),Cannoli(Cannolo)(カンノーリ,カンノーロ),Zaleti(Zalet)(ザレッティ,ザレット), | 菓子 | 11 |
8 | Bolognese(ボロネーゼ),Genovese(ジェノベーゼ),Milanese(ミラネーゼ),Napoletana(ナポレターノ),Siciliano(シチリアーノ) | 調味料(地域名) | 16 |
9 | formaggio(フォルマッジョ),gorgonzola(ゴルゴンゾーラ),mascarpone(マスカルポーネ),mozzarella(モッツァレッラ),Parmigioano Reggiano(パルミジャーノ。レッジャーノ) | 乳製品 | 21 |
10 | acqua pazza(アックア パッツァ),minestrone(ミネストローネ),ribollita(リボッリータ),zuppa(ツッパ) | スープ | 25 |
11 | amtriciano(アマトリチャーノ),boscaiola(ボスカイオーラ),pescatora (ペスカトーラ),puttanesca(プッタネスカ),cacciatora(カッチャトーラ) | 調味料 | 30 |
12 | bellini(ベッリーニ),negroni(ネグローニ) | カクテル | 32 |
13 | vino(ヴィーノ),spumante(スプマンテ),Chianti (キアンティ)classico(クラッシコ),Lambrusco(ランブルスコ),Trebbiano(トレッビアーノ) | ワイン | 37 |
14 | Amarone(アマローネ),Asti(アスティ),Barbaresco(バルバレスコ),Barolo,(バローロ),Garganega(ガルガーネガ) | ワイン | 42 |
15 | Nebbiolo(ネッビオーロ),Prosecco (プロッセッコ),San Gimignano(サンジミニャーノ),Soave(ソアーヴェ),Abruzzo(アブルッツォ) | ワイン | 47 |
16 | ragù(ラグ),brodo(ブロード) | ソース | 49 |
17 | Caffellatte(カッフェッラッテ),cappuccino(カップチーノ) | コーヒー | 51 |
18 | carpaccio(カルパッチョ),crocchetta(クロッケッタ),pancetta(パンチェッタ),prosciutto (プロッシュット),salciccia (サルチッチャ) salsiccia (サルシッチャ) | 肉製品 | 56 |
19 | olio (オーリオ),burrata(ブッラータ)、pecorino (ペコリーノ) | 食用油脂、乳製品 | 59 |
20 | abalone(アバローネ),bottarga(ボッタルガ),nero (ネーロ),garum(ガルム) | 魚介類 | 63 |
今回20話めで、累計63件となった。次回は、もう一度菓子類について扱う予定。