2025-05-20

イタリア料理の商標あれこれ100選「番外:出願時期別の情報質量、困った登録商標対策」

 こんにちは、鈴木三平です。
 今回は、少し横道にそれて、「出願時期別の情報質量」と「困った登録商標対策」です。

Ⅰ.出願時期別の情報質量
 2018年夏以降の出願であれば、概ね審査官の文書を、インターネットで無料で読むことができる。拒絶理由通知書が容易に読めるようになったことは、いろいろ考える上で、ほんとうにありがたい。しかし、それ以前についてネット上では、2000年以降の出願でも、拒絶等の法律の条項しか分からない。商標として機能しないものなのか、何かと類似するものなのか程度のことは分かるが、前者も具体的にどんな理由なのか、後者も何と類似するのかの表示がない。実は閲覧申請をすればいいのだが、お金もかかるので、ここでは対応していない。更に、90年代の出願だと、登録を拒絶されたものについては出願データすら無いのが通常であり、いったん審査をパスした(出願公告)後に登録を拒絶されたという事実が分かっても、その拒絶の理由が分からないのが普通だ。このあたり、推定とせざるを得ないものがある。実は、筆者の歯切れの悪い「…のはずだ」「…ということになる」といった表現は、筆者の性格ではなくて、このような事情によるものなのである。
 以下は出願時期別に、概ね閲覧できる状況を整理したものである。特に海外からの出願等について例外もあり、あくまで概ねである。

 

Ⅱ.困った登録商標対策
1.商標登録の拒絶・無効等について
 商標として機能しない文字や図形等(他社の商品・サービスと識別する機能のないもの)については、商標登録が拒絶され、異議により登録が取消され、無効審判請求により登録が無効とされる。
 たとえばピザという商品について、「ナポレターナ\Napoletana」という商標を考えてみよう。スーパーで実際にピザを買おうとしたときに、商品の袋に「ナポレターナ\Napoletana」と書いてあるとする。それを見て、「ナポリ風、トマト味だと言いたいのかなあ」程度に思う人が少なくないというような状況であれば、商標登録はないものだということである。そんな商標を一社、一個人に独占させてもよいのだろうかというようなことが考慮される場合もある。必ずしも一般消費者ではなく、「商品等の需要者」の理解を基準として判断するが、「ライトユーザー」を想定しておけば、概ね間違いないものと思う。性質上BtoBに商品の場合には、「業界人」基準となる場合もある。
 この判断は、原則として審査官の審査(査定)の時点である。出願の時点ではない。現在は出願から約半年後で、例外を除けば出願時と状況はあまり変わらないが、かつては2年以上を要していた時代もあったので、様相が一変してしまうことも少なからずあった。
 そして、いったん登録になったものでも、「商標として機能しない」ものであれば、商標登録異議の申立や商標登録無効審判の請求をして、権利を消滅させる(最初からなかったことにする)ことができる。これらも、「商標として機能する」かどうかは、上記の査定等の時点であって、無効審判等の審理の時ではない。
 さて、これまでよく使ってきた「イタリア料理用語辞典」は1992年発行だから、ほとんどの出願よりも前のものであるし、辞書とは、発行時点より前から言葉として成立しているものを採録したものである。しかし、需要者の認識という観点で考えると、辞書に載っているから意味合いが分かり、「商標として機能しない」とは必ずしも言えない場合もある。いっぽう、「ホントは知らないイタリア料理の常識・非常識」は2010年の発行で、ここに載っているようなメニュー名等は、発行時点でも、ある程度業界では知られているから、概ね「商標として機能しない」ものだといえそうだが、発行よりずいぶん前の出願については、その査定の時点で知られていないものもある。その点、ヨミダス等の新聞記事検索は、いつごろから知られているのかという時期について考えるには有用である。

 ところで、普通名称化等して商標としての機能を失ったものでも、登録後に機能を失ったものについては、消滅させることはできない。また、査定等の時点で商標としての機能がなく、本来は登録が拒絶されるべきだったものでも、登録から5年を経過すると、無効にすることができなくなる。おかしな登録商標が残っている原因は、このようなところである。なお、知財高裁の判決には、独占適応性も考慮して、「将来」も含めて考え、査定等時点を弾力的に判断したものがある(「参考」の事例等)。
 登録商標については、その指定商品等に自ら使うことができ、他人が使うことを、類似するものも含めて禁止することができる。もっとも、このような権利を行使しようとしている時点で、「商標としての機能」を失っている商標については、商標権者も商標権の行使ができない(商標法26条)から、権利を持っていても無駄となるケースもある。

2.事前対応実務について
 さて、あなたが企業の商標責任者であるとして、このような他人の「権利は有効だが権利行使ができなさそうな登録商標」を使いたいと社内で言われたときに、この26条を根拠に胸を張って事業部門にゴーサインを出せるだろうか? なかなか胃が痛くなる問題である。「敵」の如く立ちはだかるのが、当該商標権者だけでなく、知財権を尊重するという社内コンプラ部門というケースもある。逆に事業部門の立場で、「権利は有効だが権利行使ができない商標権」だからとゴーサインが出てきても、使うことに躊躇する場合もありそうだ。
 実務としては、まずは予防行為。そんな商標が出願されたときには、審査・登録前に情報提供をして、審査官に登録を拒絶させるように方向づける方法がある。出願が拒絶されれば問題は解決である。
 図らずもそのような商標が登録されたときには、登録異議(商標登録の公報発行から2か月まで)、無効審判(商標登録から5年まで)という手段もある。ただ、どんなに勇ましい主張をしても、証拠が不十分で負けてしまう事例が後を絶たない。審理の期間も1年程度あるのが普通だ。
 別の方法として、上記のピザの例で、仮に(1)「Napoletana」が登録商標である場合でいえば、(2)「自分のtrademark+Napoletana」を、指定商品「ナポリ風ピザ」について出願して審査を受けるという方法がある。仮に「ナポリ風ピザ」という商品の表現が不明確だと審査官に言われれば、もう少し具体的に「トマトソースとチーズを使用したピザ」ぐらいに補正すればよさそうである。審査官はこの審査時点で「Napoletana」部分に「商標としての機能がない」と判断すれば、先登録商標と類似とは判断せず、「trademark」部分が商標として機能し、他に登録拒絶の理由がなければ登録の査定をする。登録された場合には、そんなピザに「Napoletana」と表示することは、商標権侵害ではないという一応の理屈がたつ。侵害については、特許庁ではなく裁判所が決めることであるが、審査の過程で「商標として機能するものである」かどうかについて、それなりの検討がされたことは考慮されうる。もっとも、出願から登録査定までの期間(半年が一つの目安)を考えると、このような手段では、商品発売にまでに登録査定の判断が間に合わないこともよくある。早期審査という手段もあるが、それでも早くて2か月はかかる。将来の新事業・新商品を予測して、事前にそんな商標権を取って、リスクを未然に回避できれば美しい仕事であるが、商標担当やその部門に、予算面でそんな裁量を持たしてくれている会社は多くなさそうだし、不確実なものとはいえ、事業可能性を社外に察知されるという別の問題もあるのかもしれない。

商標登録を無効等にしたいときは、登録から5年以内に、原則として登録査定時点までの証拠で、商標としての機能が消滅していることを立証することが必要

 

3.いきなり警告を受けた場合
 ときには、登録商標があることに気づかず、警告状をいただく場合もありうる(いきなり裁判の訴状が来ることはまずない)。そんな場合には、上記の26条の主張が可能かどうか、要するに現時点で登録商標に「商標としての機能」があるかどうかを判断することになる。仮に機能が「ある」場合には、交渉や使用中止が必要になるだろう。お金も要るかもしれない。「ない」場合には、26条を主張するとともに、商標登録を無効にできるかどうかを検討する。登録から5年以内であり、登録査定(又は登録すべき旨の審決)の時点で商標としての機能がないと立証できるようであれば、商標登録無効審判を請求し、仮に訴訟になったら、併せて「登録が無効になるものによる請求」と主張することもできる。それでも、しばらくの間は胃が痛い生活となるかもしれない。さらに、明らかに「ない」場合でも、権利者が得意先だったりすると、販売部門との関係から、「ある」とき同様の対応を強いられることもありうる。そうなると、胃ではなく頭が痛くなってくるのである。

4.「商標としての機能」について
 比較的最近では、商標に品質保証・広告・投資等の機能があると言われることもある。その議論はさておき、商標に商品やサービスを他人のものと区別する機能、商品等が一定の者から出ていることを表す機能があることに、異論はないはずだ。そこで、ここでは、いわゆる「出所識別機能」又は「出所表示機能」について、「商標としての機能」ということにした。商標業界では「自他商品等識別力」と言われることが多いが、業界外の人にはピンと来ないようだ。ちなみに、「一定の者」については、個人でも、会社(法人)でも、地域の組合等でもよく、ときには国家の場合もあり、また、複数のものが共同していてもよい。

 さて、次回は元に戻り、アランチーノ、リゾットといった米関係を取上げる予定。