2025-12-11

工藤莞司の注目裁判:引用使用商標の周知性が否定されて審決が支持された事例

(令和7年9月25日 知財高裁 令和7年(行ケ)第10022号 「千鳥図形」事件)

事案の概要
 被告(審判被請求人)が有する本件商標(下傾図左参照 登録第6268036号 令和元年7月8日登録出願、令和2年7月9日登録)について、原告(審判請求人)は、指定商品及び指定役務のうち30類「菓子、パン、サンドイッチ、中華まんじゅう、ハンバーガー、ピザ、ホットドッグ、ミートパイ」及び35類「菓子及びパンの小売又は 卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」について、商標法4条1項10号該当を理由に、登録無効審判(2024-890014)請求をした処、特許庁は不成立審決をしたため、知財高裁に対して、審決の取消しを求めて提訴した事案である。引用使用商標は商品饅頭の中央部に焼き印として付された図形部分(下傾図右参照)である。

判 旨
 使用商品のように一定の商業圏(関西地方及び首都圏)に流通する一般的商品について、使用標章が商標法4条1項10号の規定する「需要者の間に広く認識されている商標」といえるためには、その使用事実にかんがみ、本件商標の出願時において、当該一定の商業圏(一県の単位にとどまらず、その隣接数県の相当範囲の地域)にわたって、少なくともその需要者の相当程度の割合に達する程度の層に認識されているに至っていたことを要するものと解すべきである(東京高裁昭和57年(行ケ)第110号同58年6月16日判決参照)。認定事実によれば、原告における使用標章の使用態様は、いずれも使用商品饅頭の焼き印としての使用態様に止まり、これを離れて、包装や広告宣伝媒体、商品紹介の写真類において、使用標章が原告の業務に係る菓子類又は菓子に関する役務を表示するものとして使用されていた事実は認められない。原告の関西地方及び首都圏における使用標章を付した使用商品を含む菓子類の売上げや店舗数と、競合する菓子市場の規模や店舗数を踏まえると、近畿地方における菓子店舗数のうち原告の店舗の占める割合は1.2~1.4%にすぎないし、首都圏においては、総本家等当時から平成30年までの店舗数に照らし、さらに少ない割合であったことが推認される。令和元年当時の製造小売系の菓子市場全体における原告の市場シェアも●●●●程度にとどまっており、しかも、原告の店舗において販売されている菓子類は使用商品だけではないから、原告の店舗で商品を購入した消費者のうち、使用商品に付された使用標章に実際に接する者の数はさらに低くなるはずである。しかも、使用標章の形状自体は、古くから存在する千鳥紋の図柄であって、格別、独自性が高いものではない。これらの点を考慮すると、原告の使用標章が、本件商標の出願時において、原告の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたと認めることはできない。

コメント
 未登録使用商標を引用した4条1項10号事案であるが、その周知性が否定されて、審決が維持された事例である。引用使用商標の周知性は原告が立証しなければならないが、容易ではない。本件判決では、前掲のようにDCC事件裁判例を先例として当該一定の商業圏(一県の単位にとどまらず、その隣接数県の相当範囲の地域)として認定しているが、使用商品菓子類の取引者、需要者の範囲は広く簡単ではないことは窺える。販売数量、販売地域、宣伝広告等はいずれも足らないとされた。同様の例として、最近でも、「KENTAUROS」事件(令和7年10月16日 知財高裁令和7年(行ケ)第10044号)がある。登録主義の現行法下では未登録使用商標の保護は限定的で、商標管理としては登録を優先すべきである。