欧州一般裁判所は2026年3月19日、保護期間が満了した欧州連合商標(EUTM)に対する無効審判請求の許容性について、実務上極めて重要な判断を下した。(T-251/25事件)
事案の概要
本件の請求人は、Anita Food S.A.が保有していたEUTMに対して無効審判を請求した。しかし、当該商標は更新手続がなされておらず、請求時点で保護期間満了により権利が失効していた。
EUIPO(欧州連合知的財産庁)審判部は、権利が消滅した商標を対象とする無効審判請求は適格を欠くとして請求を却下。請求人は、たとえ失効後であっても、過去の侵害主張に対抗する等の「法的利益」がある限り、無効請求は認められるべきであると主張し、一般裁判所へ控訴した。
一般裁判所の判決要旨と法的論理
欧州一般裁判所は、EUIPOの決定を全面的に支持し、請求人の訴えを棄却した。その論拠は以下の点に集約される。
(1) 「EUTM」の定義と存続条件
欧州連合商標規則(EUTMR)第1条(1)における「EUTM」の定義は、有効に登録され、存続している商標を前提としている。裁判所は、保護期間が満了し、かつ更新猶予期間(第53条3項)も徒過した商標は、もはや法律上の「EUTM」としては存在しないと解釈した。
(2) EUTMDR第17条(5)の厳格解釈
請求人は、欧州連合商標委員会規則(EUTMDR)第17条(5)(手続中に商標が失効した場合でも、申請人が実体的事項に関する決定を取得するうえで合法的権益を示す場合は手続を継続できるとする規定)の類推適用を主張した。しかし、裁判所は以下の理由からこれを否定した。
* 同条項は「既になされた有効な請求」の維持に関する規定であり、当初から失効している商標に対して「新たに手続を開始する」権限を付与するものではない
* 有効な権利の存在は、審判手続を開始するための必要条件である
(3) 法的利益の限界
裁判所は、行政手続としての無効審判は「商標登録簿の信頼性維持」を目的とするものであり、既に登録簿から抹消された商標に対しては、その目的自体の前提を欠いていると判示した。
結論
T-251/25事件は、EUTMDRの文言を厳格に適用し、行政手続としての無効審判の対象を「存続する権利」に限定した。これは手続の安定性を高める一方で、当事者にはより迅速な法的判断とアクションを要求するものだ。競合他社の商標監視において、登録内容だけでなく「有効期間」と「更新の有無」の確認が攻撃側・防御側双方にとって死活的に重要であることが再確認され。EUTMを取り扱う法律家は、この「失効による門前払い」のリスクを十分に認識しておくべきだろう。
