「注目裁判例紹介」:
無効理由商標法4条1項10号に係る権利行使制限の抗弁は、除斥期間経過後は原則としてできないとされた事例(「エマックス権利行使制限の抗弁事件」最高裁平成27年(受)第1876号 平成29年2月28日 第三小法廷判決 原審福岡高裁平成26年(ネ)第791号 平成27年6月17日)
事案の概要 商品「電気瞬間湯沸器」に関し、商標「エマックス」等を使用する者X(本訴原告・被控訴人・反訴被告)と登録商標「エマックス」等の登録を有する者Y(本訴被告・控訴人・反訴原告)との間で、X請求の本訴不正競争防止法2条1項1号違反事件において及びY請求の反訴商標権侵害事件における無効理由商標法4条1項10号違反に係る権利行使制限のXの抗弁において、X使用商標の周知性が争われたがこれを認めて控訴人(本訴原告)の請求を認容し、被控訴人(本訴被告)の請求を斥けた控訴審判決に対し、Yが上告した事案である。
判 旨 1.商標法4条1項10号を理由とする無効審判請求がないまま設定登録日から5年を経過した後、商標権侵害訴訟の相手方は、同号該当をもって同法39条、特許法104条の3第1項に係る抗弁を主張することが原則として許されない。
2.商標法4条1項10号を理由とする無効審判請求がないまま設定登録日から5年を経過した後でも、商標権侵害訴訟の相手方は、自己の商品等表示として周知である商標との関係での同号該当を理由として権利濫用の抗弁を主張することが許される。
解 説 本件判決は、権利行使の制限規定である商標法39条で準用する特許法104条の3の適用において、商標法特有の無効審判請求に係る除斥期間を経過した商標権については、判旨1.として、一般的には、同期間経過後は、抗弁は出来ないとする一方、判旨2.として、相手方被告自らが使用する周知商標を引用する場合には、原告の権利行使に対しては、権利濫用の抗弁として許されるとしたものである。
これまで、裁判例は抗弁不可とした例がある(「マッキントッシュ事件」平成19年12月21日 東京地裁同19年(ワ)第6214号 速報394-14888)が、学説は二分していた(宮脇正晴「商標法におけるキルビー抗弁・権利行使制限の抗弁(特104条の3)に関する問題点」パテント2010.別冊2号245頁)。
本判決は、これに決着を付けたが、事案を二分し、判旨2.の引用周知商標の使用者が抗弁するときは、除斥期間の経過後は、商標法39条で準用する特許法104条の3に係る抗弁ではなくて、周知商標の使用者への権利行使については、権利濫用(民法1条)の抗弁として許容されるとしたものである。特許法104条の3第1項改正の契機となったキルビー特許事件判例(最高裁平成10年(オ)第364号 平成12年4月11日)が示す衡平の理念を重視したものだろう。本判決の結論1.の射程は、商標法所定の除斥期間のある他の無効理由にも及ぶと思われる。(工藤莞司)