2021-06-01

工藤莞司の注目裁判:商標権侵害訴訟において、先使用権等の抗弁が否定された事例

(「蛸焼工房侵害事件」令和3年4月26日 大阪地裁平成31年(ワ)第784号)

事案の概要
 本件は、本件商標権に係る登録商標(30類「たこ焼き等」を指定する「たこ焼工房」登録第5883054号)を有する原告が、被告標章(右図標章参照)を包装等に付してたこ焼きを販売する被告の行為は本件商標権の侵害に当たるとして、被告に対し、使用の差止め及び損害賠償の支払いを求めた事案である。被告は、先使用権(商標法32条1項)及び本件商標登録に対し無効理由(商標法4条1項10号違反)の存在を抗弁した。

判旨
 商標法32条1項について 本件商標の登録出願当時の愛知県を除く隣接県の被告の店舗数は、各県とも数店舗にとどまる。愛知県においても、本件商標の登録出願後の数ではあるものの愛知県内に500店舗を超えるたこ焼き店の存在に鑑みれば、被告店舗数(28店)は、被告標章が需要者の多くに認識されていることを裏付けるに足りるほど多数であるとはいえない。しかも、基本的には SC(大型ショッピングセンター) 内への出店形態、主要な取扱商品を考慮すると、被告店舗での購入を主要な目的として来店する者は必ずしも多くないと推察される。出店先の SC がその商圏内で配布する広告宣伝用の折込チラシの性質上、被告店舗に関する広告は、SC内出店専門店の1つとして掲載されるにとどまり、その掲載スペースも大きくはないものと推察される。広告宣伝費としての支出額も、被告と同業の事業者に比して顕著な額を投下しているとはいい難い。これらの事情を総合的に考慮すると、被告標章は、本件商標の登録出願の際、被告の業務に係る商品又は役務を表示するものとして、愛知県及びその隣接県の需要者の多くに認識されていた、すなわち「需要者の間に広く認識されて」いたとは認められない。したがって、本件においては、被告につき被告標章に係る先使用権の成立を認めることはできない。

 商標法4条1項10号違反について 被告標章の周知性の有無について 前記と同様の理由から、被告標章は、本件商標の登録出願時において、被告の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたものということはできない。そうである以上、原告は、商標法4条1項10号違反を理由として被告に対する本件商標権の行使を制限されることはない。

コメント 本件は、侵害訴訟において、被告が先使用権の存在及び本件登録について4条1項10号違反の抗弁をしたが、いずれも否定され、損害賠償請求が認められたものである。本件商標出願(平成28年4月22日)前の被告の周知性の立証が不十分であった。その中で、大型ショッピングセンター内への出店販売という被告の業種、業態が影響していることは否めない。
 裁判所は、32条1項と4条1項10号に係る周知性の範囲、程度は同じものと解しているようだが、両者の周知性は同じではなく、前者のものは後者よりは、狭くても足りると有力説や裁判例もある(拙稿「商標法32条1項に規定する先使用権に係る周知性について」松田先生古希記念論文集429頁)が、争点とはなっていない。
 被告が使用標章を、原告に先んじて登録しているが、指定商品が「たこ焼き」ではないのは理解できない。