米国のある化粧品会社は、自社のブランド名がベトナムの小規模な企業によって商標出願されていることを知り、商標スクワッターの可能性が高いとして、商標を購入し権利を回復することを検討した。しかし、ベトナムの企業から高額な金銭を要求される可能性を考え、「ストローマン(straw man:わら人形)」と呼ばれる、表面的には当事者と関係のないベトナム企業を使ってスクワッターと交渉した上で商標を取得してもらい、化粧品会社に譲渡してもらうことにした。取引は上手くいき、米国企業はベトナムでの知的財産権をリーズナブルな価格で取得することに成功した。
ストローマンという概念は奇妙に思えるかもしれないが、一般的に利用されており、商標の実務家にとっては馴染み深いものとなっている。簡単に言えば、ストローマンとは、真の所有者や当事者を隠して代わりに行為を行う代理者のことで、特に出願や登録手続きがマウスをクリックするだけでできるビジネス環境では、そのような手続きに実際の利害関係を持つ当事者の身元を隠して、ストローマンが商標出願、異議申立や取消請求を行うことがある。
身元を隠す理由
* 競合他社に悟られることなく匿名で異議申立書を提出するため
* 自分が興味を持っているビジネス分野を競合他社に知られないようにするため
* 特定の商標に対して複数の異議申立を行い、異なる主張を対立なく提示するため
* 交渉対象となるライセンスや譲渡価格を下げるため
ただし、ストローマンの利用には考慮しなければならないリスクがあり、ベトナムでは必ずしも賢明な戦術とならないこともある。
出願について
ベトナムの知的財産法第87.1条では、「組織又は個人は,その者が生産し又は提供した商品又はサービスに使用される標章の登録を受ける権利を有する」としている。明らかに、ストローマンは商品を生産したり、サービスを提供したりしていない。しかし、この規定は「オープン」であり、他人が商標を登録することを妨げるものではない。また、ベトナムでの商標登録で使用の意思を明示的に要求しない。したがって、ストローマンは悪意を問われることなく、商標を出願・登録することができる。
しかし、ストローマンによる出願には不利な点もある。例えば、商標に識別力がないとするオフィスアクションに対して、拒絶を克服するために商標の広範な使用状況を提供する必要がある場合、ストローマンは当事者の使用証拠を提供することができない。
また、別のシナリオとして、拒絶を克服するために同意書を取得しなければならない場合、引用商標の所有者は、よく知らないストローマンへの協力に躊躇するかもしれない。高名な出願人であれば同意書を求めるのに適した立場にあるといえよう。
譲渡
ほとんどの場合、商標が登録された後、ストローマンは真の所有者に商標を譲渡することになるが、商標がストローマンの名前やストローマンの他の商標と同一または混同が生じるほど類似する場合には、譲渡ができないことがある。このような場合には、混同を生じさせるとして、譲渡申請は国家知的財産庁によって拒否される。
また、国家知的財産庁は最近、「譲受人が、譲渡された商標を付した商品・サービスを生産または取引する機能を有する組織または個人ではない」場合には、譲渡申請を拒否すると明らかにしている。国家知的財産庁が譲受人の事業分野を積極的にチェックするのか、あるいは譲渡登録前に譲受人に事業分野の証拠を求めるのかは明らかではないが、コンサルティングが業務となることが明らかな法律事務所や知財代理人が、顧客に商標を譲渡するためのストローマンとなることはできないと思われる。国家知的財産庁がストローマンへの商標譲渡を登録することを拒否した場合、ストローマンから真の所有者への再譲渡は不可能となってしまう。
異議申立・取消請求について
利害関係や法的地位を持たないストローマンを含め、誰もが異議申立てや取消請求を行う権利を有している。したがって、弁護士や知財代理人を含めてどんなストローマンでも請求することができるが、類似検索により、異議申立ての対象商標と紛らわしいほど類似する係属中の商標 (類似により国家知的財産庁によって拒絶される可能性が高い) があると、取消請求の背後にいる当事者の身元が明らかにされる可能性もある。
ベトナムの商標実務ではストローマンは禁止されておらず、企業は必要に応じてストローマンの利用を検討することができる。ストローマンは、守秘義務を守りつつ真の所有者のために商標権を取得することが有効となる場合がある。しかし、ストローマンを利用する戦術にはリスクを伴うことがあることを十分に考慮する必要がある。
本文は こちら (Vietnam: The “Straw Man” in Vietnam Trademark Practice)