2022-06-01

工藤莞司の注目裁判:登録商標の剥離抹消行為がそれ自体で商標権侵害を構成するとは認められないと判示した裁判例

(「車輪付き杖商標事件」令和4年5月13日 大阪高裁令和3年(ネ)第2608号 原審大阪地裁 令和2年(ワ)第3646号)

 本件事案 控訴人(原告・商標権者)は、控訴人が控訴人標章を付した本件商品について、その譲渡を受けた卸売業者等である被控訴人(被告)らが、梱包箱に被控訴人らのシールを貼付し、本件商品とともに梱包されていた控訴人説明書を被控訴人ら説明書に差し替えた行為は、本件商標の出所表示機能及び品質保証機能を積極的に毀損するものとして、商標の剥離抹消行為と評価し得る本件商標権侵害に当たる旨主張した事案である

 判 旨 商標法は、登録商標の付された商品又は役務の出所が当該商標権者であると特定できる関係を確立することによって当該商標の保護を図っているということができる。商標権者が指定商品に付した登録商標を、商標権者から譲渡を受けた卸売業者等が流通過程で剥離抹消し、さらには異なる自己の標章を付して流通させる行為は、登録商標の付された商品に接した取引者や需要者がその商品の出所を誤認混同するおそれを生ぜしめるものではなく、上記行為を抑止することは商標法の予定する保護の態様とは異なるといわざるを得ない。したがって、上記のような登録商標の剥離抹消行為等が、それ自体で商標権侵害を構成するとは認められないというべきである。
 被控訴人らの行為は、控訴人標章の剥離抹消行為と評価し得る行為には当たらないと解される。

 コメント 登録商標の剥離や抹消行為について、商標法の一般的解釈を示したものでわが国最初の裁判例である。本件事案では、控訴人が、登録商標の剥離や抹消行為は商標権侵害行為に当たると主張して、控訴審で争ったが、大阪高裁は、そもそも前掲行為は侵害を構成しないと解したものである。出所を表示しその混同の防止を主眼とするのが商標法の目的としている。しかし、出所の混同の有無にかかわらず、取引上において登録商標の使用によって信用が化体しそれを保護するのが目的な筈である(商標法1条)。また商標法25条は、単に登録商標を使用する権利ではなく、使用する権利を専有すると規定している。
 過去の裁判例では、小売業者が、商品の小分けをして販売する際に当該登録商標を付することも、商標権者の権原を侵すとして侵害とする裁判例(「マグアンプ事件」平成6年2月24日 大阪地裁平成4年(ワ)第11250号)の中で、登録商標の使用権の専有を前提として、小売業者が登録商標を故なく剥奪抹消するもので、当該商標権の侵害を構成すると説示している。このように登録商標の剥離や抹消行為についても、商標権者の権原、すなわち専有の観点から解することは可能ではなかろうか(拙著「商標法の解説と裁判例」改訂版262頁)。