1. 紛争の経緯:世界的人気ブランドの「言葉」を巡る攻防
世界中で人気の料理動画プラットフォーム「Tasty」を展開する米国のインターネットメディア、BuzzFeed社は、欧州連合知的財産庁(EUIPO)に、第29類(動物性食品、加工した野菜など)、第30類(菓子、調味料など)、第33類(ビールを除くアルコール飲料)などを指定して、文字商標「TASTY(おいしい)」を登録出願した。
しかし、EUIPOは「TASTY」という文字が商品の品質を直接的に説明するものだとして、第29類、第30類、第33類で商標登録を拒絶。BuzzFeed社はこの決定を不服とし、欧州一般裁判所へ控訴した。
2. 欧州一般裁判所の判決(T-372/25)
2026年3月26日、欧州一般裁判所はEUIPOの決定を全面的に支持し、BuzzFeed社の請求を棄却する判決を下した。判決の主なポイントは以下の4点だ。
* 絶対的拒絶理由(記述性): 裁判所は、「TASTY」という言葉が英語圏のみならずEU全域の消費者にとって「風味豊かな」「美味しい」という単なる賞賛的な意味として即座に理解されると指摘した
* 出所表示機能の否定:「TASTY」商標は商品の品質を称賛するメッセージとして機能するものであり、消費者が「BuzzFeed社の商品である」と認識するための出所表示としては機能しないと結論付けた
* 本質的識別力の否定:BuzzFeed社は、SNSでの圧倒的な拡散力や市場での成功を根拠に識別力を主張したが、一般裁判所は「本質的な識別力」の判断において、マーケティングにおける使用実績やパッケージへの貼付実績とは無関係で、「TASTY」という文字そのものが持つ記述性を打ち消すものではないと一蹴した
* 使用による識別力獲得を否定:BuzzFeed社は使用による識別力獲得を主張したものの、一般裁判所は「立証が不十分」としてBuzzFeed社の主張を退けた。商標が「一般的な形容詞」ではなく「特定のブランド名」として認識されていることを一カ国ずつ立証するのは、極めて高いハードルだ
3. 実務への影響と今後の見通し
今回の判決は、どれほど世界的に有名なブランドであっても、「一般的な形容詞」をそのままの形で独占することの難しさを改めて浮き彫りにした。特定の企業に「TASTY」という言葉の独占を許せば、他事業者が自社製品を説明する際の表現の自由を阻害し、公共の利益を損なうという商標法の基本原則が再確認された形だ。
BuzzFeed社は、欧州司法裁判所(CJEU)へ上訴可能だが、上訴許可制の壁もあり、逆転は極めて困難と見られる。今後は「文字のみ」の独占を諦め、既に登録されているロゴ(図形商標)を軸とした保護戦略へのシフトを余儀なくされることだろう。
BuzzFeed社は、第41類(教育、娯楽など)や第16類(事務用品、印刷物など)といった「情報の提供」に関する区分でも幅広く出願しているが、訴訟の焦点は、あくまで「食品そのもの(29, 30, 33類)に『TASTY』という名前をつけて一社が独占できるか」という点にあった。裁判所はこれに対し、「食品分野で『美味しい』という言葉は公共の財産であり、独占は許されない」という判断を下した。
本件は、「デジタル上でどれほどバズっていても、記述的な一般名称を商標として独占するのは、現行のEU法下では非常に困難である」という強力なメッセージを実務界に与える事案となった。
