欧州連合司法裁判所(CJEU)は2026年9月8日、Inter IKEA Systems BV(以下、「イケア」) 対 Algemeen Vlaams Belang VZWほか事件(C-298/23)において、政治的意見の表明や政治的パロディーを含む表現の自由が、一定の条件の下で、著名商標と同一または類似する標識の使用について「正当な理由」となり得るとの判断を示した。もっとも、その判断に当たっては、表現の自由と商標権者の権利・利益との衡量が必要であるとした。
本件では、ベルギーの政党Vlaams Belang(フラームス・ベランフ)が2022年11月、ベルギーの移民政策に関する改革キャンペーンを「IKEA-PLAN – Immigratie Kan Echt Anders(IKEA計画―移民政策は本当に別のやり方が可能だ)(注:IKEAは頭文字)」と称して発表した。この計画では、イケア商標に似た標識やイケア製品の組立説明書に登場する人物に似た図柄が用いられ、15項目の政策提案が示された。イケア側は商標権侵害を理由に訴えた。これに対し、キャンペーンを実施した団体は、イケア商標の名声を利用して政治的メッセージの訴求力・拡散力を高めたことについて、「正当な理由」があると主張した。
EU商標規則2017/1001第9条(2)(c)および商標指令2015/2436第10条(2)(c)は、著名商標と同一または類似する標識の使用が、正当な理由なく商標の識別力または名声に対する不利益を生じさせ、またはその名声を不当に利用する場合、商標権者がその使用を禁止できると定めている。本件の主要な争点は、EU基本権憲章11条が保障する表現の自由、特に政治的意見の表明や政治的パロディーが、この「正当な理由」に該当し得るかであった。
CJEUは、表現の自由は「正当な理由」となり得ると明確に認めた。ただし、それは自動的に認められるものではない。加盟国の裁判所は、商標権者の知的財産権(憲章17条2項)と第三者の表現の自由との間で適切な衡量を行い、具体的な事案において表現の自由が商標権者の排他的権利に優越するかを判断しなければならないとした。
その際の考慮要素として、CJEUは、①第三者が商標を使用した意図、特に表現の自由を善意で行使することを目的としていたか、②表現が公益に関する議論に寄与するか、③厳密な意味での商業的文脈における使用か、④商標権者および商標権そのものへの影響を挙げた。後者については、使用の強度・範囲・方法、商標の名声の程度、使用標識と商標との類似度に加え、商標権者が当該政治的メッセージに賛同・支持しているとの誤認を生じさせる可能性も考慮すべきとした。
したがって、本判決は「政治的表現だから商標権より優先される」としたものではない。むしろ、著名商標の政治利用についても表現の自由を考慮する必要がある一方、商標権者の権利・利益との具体的な利益衡量を要求した点に意義がある。特に、商標自体、商標権者、その商品・サービスに関する意見表明や公益的議論のために商標を使用する場合には、表現の自由がより強く考慮され得る一方、単に著名商標の知名度を利用して政治的メッセージの訴求力を高めるだけの場合には、「正当な理由」が認められにくくなる可能性がある。
なお、CJEUは本件における最終的な商標権侵害の成否そのものを判断したのではなく、ベルギーの国内裁判所に対し、上記の判断基準を示したものである。
