2021-12-01

工藤莞司の注目裁判:被告の抗弁が斥けられて原告の請求が一部認容された侵害事例

(「夢事件」令和3年6月28日 平成31年(ワ)第8117号 損害賠償等請求(商標権侵害)事件)

 事案の概要 本件は、日本酒について「夢」に係る商標権(登録第4435958号)を有する原告が、被告に対し、被告が日本酒に「夢」(右下掲図外)、「夢とまぼろしの物語」を使用する行為は原告商標権を侵害すると主張して、被告各標章の使用の差止め及び損害賠償等の支払を求めた事案である。
 原告の請求は、差止及び損害賠償の一部について認容された。

 判旨 本件ラベルと商品名等ラベルの態様からすると、需要者において、本件ラベルに記載された「夢」の文字と商品名等ラベルに記載された「夢とまぼろしの物語」の文字及び武者の絵とを明確に区別することができ、それを分離して観察することが取引上不自然であるほど不可分的に結合しているとは認められず、被告標章中「夢」のみを原告商標と比較して商標の類否を判断することができる。被告が被告商品に被告各標章を付し、又は被告商品を販売し、若しくは販売のために展示する行為は、原告商標権を侵害するものとみなされる。
(無効理由存在の抗弁) 被告は、原告が、日本酒を生産する目的を有しておらず、ライセンス料名下に金銭を請求して利益を得る目的であり、商標制度を悪用し、公正な商取引に反するから、原告商標登録には4条1項7号の無効理由があると主張する。しかし、原告は、長年にわたり、日本酒を販売するのに不可欠なラベルや外箱等の印刷、製作、企画提案等を行っており、このような原告の業務は、日本酒の製造及び販売に密接な関係があるといえる。そして、原告が、原告商標の通常使用権を許諾した酒造会社から、原告商標に係るラベル、外箱等の印刷を受注するとともに、原告商標権を侵害する標章を使用する者に対してその使用を中止させるなどの原告商標の管理を行うことは、上記許諾を受けた酒造会社の利益にも適うものであり、原告に原告商標の商標登録を認めることが不合理であるとはいえない。
(先使用権の抗弁) 原告商標の登録出願日当時、被告各標章が被告業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたとは認めるに足りず、したがって、被告各標章につき先使用権(32条1項)は認められない。
(権利濫用の抗弁) 原告が市島酒造社らに使用許諾しラベル等の印刷を受注していることについて、原告商標権を不当に行使するとは言えず、第三者をして商標を誤用させ損害賠償名下に金銭を支払わせることを目的とするものであったと認定することはできない。原告の行為が、1条に反し、社会の正常な経済行為を阻害するということはできない。

 コメント 本件侵害訴訟では、被告抗弁の全てが斥けられて、差止及び損害賠償請求の一部が認められた。4条1項7号無効理由存在の抗弁の中で、裁判所は独自に、原告商標の登録が3条1項柱書(使用意思の存在)に違反に係る無効の抗弁の主張(39条・特104条の3)とも解する余地があるとしたが、除斥期間、商標権の設定登録の日から5年を経過した後においては、侵害訴訟の相手方は、無効の抗弁を主張することが許されない(「エマックス事件」平成29年2月28日 最高裁平成27年(受)第1876号民集71巻2号221頁)とわざわざ判示した。本件事案では採用できないとの結論であるから、意味不明な判示となった。裁判所の意図は代理人側へ向けたのであろうか。